【1981年8月】奥羽本線峠駅訪問

はじめにお詫びと訂正
この一連の旅行記ですが、年代を間違えて1979年と記載している事にいまさら気付きした。正しくは1981年なので順次直しておきます。

福島駅から
宇都宮から普通列車で辿ってきて、奥羽本線乗り換えまでの2時間ほどは何をしていたか、失念。どうせならば、福島交通線でも見に行けば良いのに撮影記録なし。(旅行資金の制限があるので乗るのは無理としても見るぐらいならばできたはずなので)
1980年10月の時刻表であるが、概ね同じ時刻なので参考に貼り付ける。


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乗ったのは425列車で福島駅10:45、峠に11:35で50分後には到着していた。今とは違って、一緒に十数名くらい降りたような気がする。(このあと、峠から乗るときはそれくらい写った画像が残っていた。)駅舎は本線より一段高い位置にあり、階段を降りると本線脇に出られるようになっていた。そちら方向にもしゅうらくがあるのか、勝手踏切のような道が通じていたが奥には行かずその周辺で列車を撮影していた。
臨時特急つばさ51号、気動車急行のおが1号に貨物列車などがネガに記録されていた。
しかしながら、滞在時間は瞬く間に過ぎて14:10発の429列車で峠を離れた。次の大沢駅では6分停まり後続のやまばと1号に抜かされると分かったのでカメラを持って駅の外に走るも、道路はスノーシェッドの真上を通っているため線路には近づけず音を聞いただけに終わる。米沢駅では停車時間を利用して牛肉弁当を買ってようやくお昼にありつけた。食べ終わる頃に列車は赤湯の先の盆地を見下ろす辺りを走行中。そして山形に16:00着。ここでは、急行仙山と思われる455系の屋根を撮影(模型作りを目論んでいたらしい)しているが、仙山線はどの列車に乗ったのか失念。

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832列車は3分接続なので乗れた気がしないので16:59発の仙山6号だろうか。景色の良いはずの仙山線の記憶はほとんどなく、おそらくうつらうつらして仙台まで乗ってその後は、宮城県の親戚宅に再度泊めてもらった。
さすがに、かなり疲労していたのでこの後は出歩かずほぼ親戚宅で過ごし従姉妹と映画を観たくらい(主題歌がビートルズだったので悪霊島)。そして数日後の急行いわて2号で帰京、長い夏休みの放浪の旅は終了した。
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コメント

No title

今回もキンゴロー様の旅行記に触れ、10代の頃、友人と二人で東北を放浪した時の記憶が沸々とよみがえってきました。板谷峠のスイッチバック各駅も途中下車して周囲を散策してみればもっと記憶に焼き付いたものと思います。奥羽線の普通列車は全て客レ、仙山線にも結構な本数の客レが設定されていますね。途中駅からの急行の自由席、果たして座れるか?ハラハラドキドキも良き思い出です。

No title

taka様、こんばんは。

返信が遅くなり済みませんでした。
もう40年ほど前の事なのでかなり記憶も曖昧になってきたので備忘録も兼ねて掲載しました。
板谷については、旧客最後尾から眺めた景色が最高で、この時の思い出は今でも鮮明です。
当時の夜行はより取りみどりで体力さえ許せば色々なパターンが使えました。
仙山線は自分には縁が薄くて魅力的なのに訪問あまり出来ず心残りです。

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