181系気動車のトリハダ体験(やくも 倉敷−岡山)

1980年の夏は山陰地方を旅行していた。終盤は、念願の「やくも」乗車と決めていたので、米子からやくも12号の自由席に乗車。まずは、営業している食堂車に向かう。学生旅行にしては贅沢だがキサシ180最後の営業とあれば外せない。但し、ちょっと失敗だったのは上り勾配区間でエンジンの無い食堂車に行ってしまったため峠に挑むエンジンの咆哮は味わえなくなっていたのだ。
自席にもどると列車は新見手前を走行中であまりエンジンが活躍する場面にあうこともなくあまり印象にのこっていない。そうこうするうちに、通路を挟んだ向こう側から呼ぶ声が聞こえた。さきほどから、20代くらいのお兄さんを相手に苦労話を聞かせていたオジサンに発見されて召喚されてしまったのだ。こういう方、会社でも時折おりますね。苦労話を聞くのは嫌いでは無いけどこのタイミングではちょっとと思いつつもお話に加わる。大概、こういう時はどこからきたとか、年は幾つだとか、旅行の目的とか聞かれるがただの乗り鉄とか理解して貰い難いので旅行が好きな高校生という説明をしておく。そんなこんなで、備中高梁を過ぎて列車は倉敷に到着した。岡山まであと12分、社交上手では無い自分としてはようやくと思っていると、ここで列車が豹変。
今までとは異なるエンジンの唸りで加速を始めたのだった。そんな訳で、片方の耳でお話を聞きながらもう片方の耳はエンジンに全集中。山陽本線内の最高速度は120km/hなので、これまでとは売って変わった咆哮を奏でながら列車は走り出した。
過去に「つばさ」は東北本線内を凄まじい走りを見せたそうだが、おそらくはこんな感じだろうと思われる熱い走りをみせて「やくも」は岡山駅に滑り込んだ。その印象はまさに鳥肌モノで、景色が見えない分だけ音に集中したのてあった。そして、放心状態のままホームに降り立ち、新幹線に向かうオジサマたちを見送った。
後日、この方からは達筆の暑中見舞い状が送られてきたので、お礼状を返したのは言うまでもない。
しかし、このやくもの走りはもう一度味わいたかったものの叶わず、後日「はくと」や「はまかぜ」の山陽線区間に何度も乗ることとなった。
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