一度は聴きたかったDD51の咆哮

今月読んだ鉄道誌の記事にDD51重連の「ニセコ」の記事がありDD51重連の咆哮に魅了されたとのことでした。ふと思い当たって、古い雑誌を探すと別の方が同様のことを書かれていて、これは相当な迫力であったのだろうとということを認識しました。
急行「ニセコ」といえばC62重連が有名でこれは「雪の行路」という映画でその迫力を堪能しました。C62は年代的に自分がリアルに見ることはまず無理なのであきらめがつくものの、DD51の方は自分が大学生の時まで走っていたので、今更ながら行かなかったことを(当時はそんな迫力があるとは全然知らなかったことのですが)残念に思うのでした。
ただ、自分の経験では勾配を駆けあがるDD51の轟音を一度だけ聴いたことがあるので、ここに記述したいと思います。
時は1987年8月、夏休みの旅行で友人と渡道した初日は大沼公園でレンタサイクルを借りて湖畔を走り回っていました。地図を見ると少し離れた場所に東大沼温泉という文字が見えそこに行くことになりました。湖畔の周遊道路から逸れ温泉に向かう道に入ると、なんと未舗装で勾配が結構きつい下り坂。友人はあっという間に坂を下っていき、砂利道を苦手とする私は暴れる自転車を制御しきれず思い切り転倒。おまけに肘をぶつけたらしく血がだらだらと流れだしたため、痛みもあって呆然としておりました(この傷は30年後の今も痕跡が残ってます)。
その時、彼方から腹に響くような轟音が聴こえてきて徐々に徐々に近づいてくる様子が分かりました。おそらく近くを走る函館本線(砂原線)の列車だろうと推察はつきましたが、いったい何が来るのか少しだけ痛みを忘れて見ていると単機のDD51が長い貨物列車を牽いて現れました。
気がつくと異変に気付いた友人が戻って来ていて安堵しましたが、このDD51の轟音は強く印象に残ることとなりました。
そんなわけで、「ニセコ」号であればあのエンジン音が二両分、考えただけでもその迫力の凄さがうかがい知れます。

イメージ 1
この列車は逆方向ですが、大沼公園付近を往く下り列車 1987年8月

結局そのあと病院に行き、旅行中は毎日薬を塗って絆創膏を取り換える羽目になりました当時は夜行列車車中泊を結構行程に組んでいたので、これは誤算でした。
ちなみに、この時の転倒がよほど悔しかったのかこの後MTBを購入してそっちの方にはまり自転車メインの旅行をするようになりました。この場所も自分のMTBで通り無事に大沼温泉に入浴、リベンジを果たしました。
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コメント

No title

こんばんは。

81年に大沼周辺でDD51牽引の急行「ニセコ」を撮りました。
3つ目の745号機でしたが重連ではなかったです。
重連は山線だけだったのかな。(←よくわかっていません。)

No title

> SL-10さん
こんばんは。重連になるのは長万部-小樽だけだったようです。でも、3つ目ライトなんてなかなかお目にかかれないので、貴重な記録ではないでしょうか。

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