夜の踏切でEXE-α

VSE定期運用離脱のおかげで夜の撮影ばかりするようになってしまったです。

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もうすぐ田植えなのでカエルのケロケロ鳴く中で動画撮りたいかも。
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EF65 二題

昨日はEF65の試運転が2件あり、ちょうど駅の近くにいたのでさっそくホームに向かってみると、まずは熱海試単が通過。何故か貨物線を来ると勘違いしていたので旅客線で来ても対応できず後ろ側から。

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こちらは西湘貨物駅まで足慣らしをした帰り。目撃情報から、既に通過済みかと思っていたらいきなり来た。手前のホームの人が入ってしまったのでトリミング済。

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東海道線では定期ダイヤだと早朝しか来ない65を短時間で撮れたのは良かったです。

ワインを買ったは良いが

コッブを付けてもらうのを忘れた。

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まあ、直呑みするからよいのだけどね。ちょっと酒ぐせ悪いオジサンに見られるのが嫌なだけで。

学生の時に道中の酒代を節約するためREDのポケット瓶を買ったときを思い出しました。その時後輩にやばい酒呑みに見えると揶揄されましたねえ。流石にREDは無いわーと翌朝つくづく公開しました。今なら、ジョニ赤の小瓶を500円くらいで買えるし、悪友と一緒ならば普通サイズの瓶で足りるかどうかたし。

令和四年 田町の夜

今宵の運転に備えて、サンライズ編成が待機中。

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こちらは、高輪ゲートウェイ駅付近。
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これが20年とか30年前になるとブルーの車体ばかりの風景だったなあと思う令和四年の夜でした。

「やまびこ51号」 昭和54年春臨

3月某日(何日か忘れたので)に乗った時の記録から。
運転時刻は上野11:06-仙台着15:46-盛岡着18:10だったようです。

上野駅入線時
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黒磯では停車時間を利用して前方へ。EF58には驚かされました。
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客車前方を、って白幕かいっ!
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ダメ押しでサボを撮るが自由席付いていたこと今更ながら知る
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どうやら裏蓋を開けてしまった?連結まで待っていると乗り遅れそうなのでこのアングルで妥協。
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当時の感想は、生意気にも「EF65でなくてがっかり」、「どうしてED75 1000番台来ないの!」でした。そんなわけで貴重なEF58牽引の昼行特急だというのに撮っていないし、ED75一般型が特急を牽くのもめずらしかったかもしれませんが、当時の自分はこういう感想でした。

なお、この列車は対になる列車が見当たらずどうやって上野に戻すのかと思っていたら、翌日の「八甲田54号」にこの14系編成が入っていました。青森7:17-上野20:06、朝から夜まで移動に費やすとはいえ14系座席車の臨時急行が一番乗りドクだったかもしれません。


スハフ14の車窓から L特急「ひばり」

昭和54年の春臨で乗った「やまびこ51号」の最後尾からの風景ですが、フィルムのコマとしては「あいづ」より前なので小山か宇都宮でしょうか。

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横浜市営地下鉄 甲種輸送

取り急ぎ手っ取り早く早川橋梁で撮りました。

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家族旅行のよもやまなお話 いつもと違う列車に乗りたい願望

何回か当ブログに書いておりますが、うちの両親は宮城県が実家なので子供の頃は少なくとも年一回は宮城に行ってました。
上野駅から4時間ほどの道中は、両親にとっては帰省ですが、僕ら子供にとってはちょっとした旅行でした。
そんな帰省も、祖父母が他界して父親の仕事が忙しくなると母親と妹の3人で行く機会が増えていった。引率が母親だけになると、乗る列車がほぼひばり一択になったのが子供心に不満であった。今思えば、はつかり、やまびこも仙台に停まるものの、チビガキ二人と大荷物を抱えて2分停車で降りることを考えたら仙台行のひばりになるのは当然の結果であるのだが。
そして兄妹が二人とも小学生になると、母親もだんだんラフになり、予め指定席は取らず上野に行って丁度よい時間の列車に乗るということが増えてきた。そんなある夏のこと、上野駅に着くと折り悪く14時発のひばり号に乗りそびれ、次の特急は15時まで待たなくてはという状況になっていたときに、ふと他のホームを見ると583系が見えた。常磐線経由のみちのく号だったので、ここぞとばかり「あれも仙台通るよ」ということでこちらに誘導して初めての常磐線特急乗車を果たし、暮れなずむ福島県浜通り地区の海岸美も見ることができた。
しかしながら、仙台到着は15:00発のひばりであれば18:58に対してみちのく号は19:22と24分も後になるので、あとから母親に散々文句を言われた覚えがある(53-10以降ならばひばり号は19:15着なので文句は言われなかったかも)。
確かに母方の実家までは仙台から更に乗継があるので時間差以上の影響があったはずでこれは些か失敗だったかもしれない。
但し、思い返してみると常磐線を通しで乗ったのはこの時以来無いので(上野〜いわき、いわき〜仙台、というのはあるが)、乗っておいて良かったかなと言うのはある。機会があれば、ひたち号で仙台まで乗り通してみたい気もするが、体内時計が新幹線に慣らされてしまった今となってはなかなか踏み切れないでいる。

スハフ14の車窓から ボンネット特急「あいづ」

中学を卒業して高校に入学する前の春休み、宮城に住む伯母から入学祝をするからおいでとのご招待。妹は中学入学だったので二人して仙台に行くことになり乗る列車を思案していると、テレビ番組「みどりの窓口」(いやレール7かも)で、臨時やまびこ51号運転のお知らせをやっていた。車両は14系座席車らしい。というわけで即決して早速八王子駅のみどりの窓口まで出向いて(当時は最寄り西八王子駅にみどりの窓口はなかった)購入した席は1号車。
当日上野駅に行くと案の定、エンジンの轟音を唸らせてスハフ14が出迎えてくれた。2号車から前方がどういう状況か偵察に行くような知識は無かったので(1号車が発券されていること、臨時列車で知名度が低いこと、客車特急で上野~仙台で所要時間が30分長いこと、を考えれば他の車両に空席は多かったと推定されるので、数年後の自分であれば座席変更を画策したはず)、騒音にややうんざり気味に1号車に収まった。その一方で、最後尾である1号車のメリットは後方視界が得られること。ということで、何回かここですれ違う列車を撮影したことは言うまでもない。

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昭和54年3月

ブルーモーメントの並走

大船駅の先の踏切を突破したやつがいたからか、ちょうど通過していた貨物列車が怒りの汽笛を鳴らしつつ大船駅ホーム横付近で急ブレーキ。当方はその直後にやって来た列車に乗ったら、藤沢駅までの間で追いついて、結局辻堂付近まで並びました。
 

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しかし、この数分前には濃紺の列車(実はサフィール踊り子)とすれ違い、この空の色に濃紺ボディの組み合わせは寝台特急と錯覚して少しときめきました。
次回は、サフィールとのすれ違いを夕方に撮ろうと思います。