桜と赤電

右手はお城ですが間に道路があるので桜のみ入れて撮影。

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【録音鉄の回顧】お気に入りは「八甲田」昭和59年9月

過去の録音のうち気に入ったものはいくつがあるが、間違いなくこの八甲田は上位に来るはず。鉄道旅行をしているうちに何時しか客車列車は一番前の車両がお気に入りとなっていた。大概は空いていることと機関車の音がよく聞こえるためである。

この日は残暑厳しい上野駅を前夜に出発して一晩走り続けて来た八甲田の一番前9号車に乗っていた。
時刻は5:59、列車は浅虫(当時)に停車していた。青森駅まであと一駅だが、見た感じ起きている人は半分くらい。冷房は夜半に送風に切り替わったようで心なしかムシムシするため窓を1cmほど開けてみた。前方らは機関車のブロアの音と踏切の音が聞こえている。
ブシュという音とともに折戸の閉まる気配、少し間があって(おそらく、車掌と機関士の無線交信の後に)、長い汽笛か鳴りやや強めのがったんという感じの引き出し、モーターの音が高まり列車は動き出す。
踏切の音が。だんだんと近づき遠ざかって行くと同時くらいにポイントが合流する音、前方から汽笛が聞こえると列車はとんねるに突入。このあいだ、機関車のモーター音はどんどん高まり列車は速度を上げていく。聞こえてくるモーター音は吊り掛けサウンドというのが気分を盛り上げる。ふっと音が軽くなりトンネルの外に踊り出す。列車は全力疾走の感じで風を切って進んでいく。短い橋梁を渡ると汽笛が鳴りトンネルに突入。先ほどと違うのはモーターの音がほとんど聞こえないこと。加速はほぼ終わって惰行運転しているようだか速度的には90-100km/hほど出ているようだ。3つ目のトンネルを抜けるとポイントを通過して野内駅を通過ホームが終わると、またポイント通過の音がして野内駅の構内を抜け出す。が、残念ながら録音はここで終わり。このあとに到着前の放送だけが録音されていた。もっとも、放送の始まる頃にはかなりの人が起き出してきて車内は騒がしくなっていたのでこれで良いのかも。
青森到着前の放送では、連絡船乗り換えの方は機関車側の上る階段をご利用ください。奥羽本線、津軽線乗換と青森で下車の方は1号車側の階段を、というおなじみの放送を聞くも今回も自分は1号車側の階段にむかうのであった。
急行八甲田は夜行列車ながらかなりの高速ダイヤでスジが引かれ乗っていても小気味よさを感じる列車だった。この音声はいずれデータ化してお披露目したいと考えている。

お城の桜

この時期になるとそわそわするので日曜日に見てきました。

毎回水鏡を狙うここはまだこれから
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今年は中でイルミネーションやってます
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暮れなずむ空が青く見えるうちが素敵です
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長電特急型2000系

家族旅行の合間に撮影。この頃にはほとんど定期運用から退いていたそうで、偶然とはいえ撮れたのはラッキーだったようです。

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2011/9 村山-日野

桜と会えるのは最後?185系団臨

土曜日のVSEは時間をちゃんと確認していなかったので撮れず仕舞いでした。前夜は今月末で退職する先輩社員のお別れ会があり、といっても大人数は集まれないのでオンライン開催でしたが、帰宅の心配がないので良いペースでアルコールが回り、翌朝起きてからVSEの時刻を確認したらすでに到着済みでした。orz
伊豆急下田に185系が行っていることは分かっていたので、夕方の部に参加。風びゅうびゅう、雨がパラパラのコンディションだったので多少は雨がしのげそうなこの場所へ。頭上の桜は咲きはじめという感じでした。但し、荒天のためかこちらのツアーのお客さんのマナーが良いからか、窓が全閉だったのはありがたかったです。

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【録音鉄の回顧】急行「まつしま7号」昭和58年2月 上野~仙台

東北新幹線の本格開業から3か月ほど経った2月の週末、宮城に居る母方の従姉が結婚するため家族を代表して母親と二人で出かけることになった。従姉なので妹の方が良さそうだが期末試験直前だったようで父と留守番に。往路は行くだけなので周遊券のメリットが活かせる急行利用、翌日は四季が終わってからの帰途ゆえに東北新幹線初乗りと相成った。
そういうわけで昼下がりの上野駅に向かう。急行まつしまの多くはばんだいやざおうと併結で実質6両編成だが、この7号は12両編成据えてが仙台行きなので仮に混んでいても席は確保できるだろうとの読み。今回はこの乗車を60分テープに詰め込んで収録したらしい。
乗ったのはおそらく前の方(上野駅の構造上後方が混みそうなので)で、メモにはモハ454-48と記録があったので、8号車か11号車(だと思う)。テープの記録は上野駅を出発して案内放送を一通り録音したのち、次は西那須野からの収録だった。この当時の東北本線はまつしまとあずまで6往復、あとは宇都宮や黒磯までのなすのと合わせると概ね1時間おきの運転だったと記憶している。なにせ大宮乗り換えだと宇都宮に行きたい人は乗り換えが増えて料金も上がり所要時間短縮がほとんどなくメリットが無いこともあり、おそらく急行列車の人気が高かったと思われる。なので、車内もざわついていて録音は見送ったのだと思う。
西那須野時点で車内はまだわちゃわちゃしていた。考えてみれば黒磯に行きたい人もたぶん乗り換えが面倒だし、黒田原に行きたい人はなおさらだろう。うちの母親は小説を読むのに夢中なので気を使う必要はっ誘う。車内放送で「黒磯駅では電源切替で車内の照明がいったん消える」ことを告知していた。黒磯は2分停車なので、電源切替の様子を見るべく車外に出る。まずはブロアの電源が切られひゅ~んと徐々に音が弱まっていく様子が聞こえる中、ガシャンとパンタグラフを降下、少し間があって(運転士は表示灯で直流→交流切替を確認後)パンタグラフが上昇、バチバチッというスパーク音が聞こえ次の瞬間キュイーンという音とともにブロアが起動し切替完了。
車内に戻ると、タイフォン一声ののち動き出した。加速時にぶ~んという交流区間ならではの機器音が聞こえてきて聴覚でも交流区間に入ったことを認識した。
このあと、録音音声は松川~福島間の記録にとぶ。時刻は18時近く、車内は空いている様でかなり静まっている感じ。ところで、この時期の東北本線はロングレール化されているものの数kmおきに継ぎ目を通過する音が前方からバタンバタンと迫ってくる様子が聞こえてくる。あと駅構内は定尺レールとなっている箇所が多く、先ほどの継ぎ目が迫ってくる音の次にポイントをいくつか通過、定尺レールの走行音とともに踏切を通過し跨線橋を潜りホーム脇を通過する様子が聞こえてくる。そのあと再度ポイントを数個通過するとロングレール区間に突入という感じで一駅一駅進んでいく。
このあとは、藤田~越河にかけての山越え、大河原からのダッシュなどの様子が記録されていた。
ところで、455系電車のモーターはMT54搭載なのだが、乗車した車両のモーターはMT46風の音を奏でる奴だったようで特にデッキで聞く音声はMT46っぽかった。
そして、鉄道唱歌のオルゴールとともに終点目前の案内放送が始まる。列車はちょうど名取川を渡っているぐらいか背後に鉄橋を通過する音が入っていた。{みなさま、長らくのご乗車ありがとうございました。列車は間もなく終点仙台に到着します。仙台からの乗り換え列車は・・・・」と長めの放送のさなかに長町を通過し定時であることが告げられる。放送を締めくくる鉄道唱歌が流れ上野からのおよそ5時間の旅が終了。但し、録音テープは適度に端折って60分であるが。
仙台からは東北本線の普通列車に乗り継いで松島まで行き、この日は親戚の家に宿泊。
翌日は従姉の結婚式に出席後、仙台から東北新幹線に初乗車。東北特急の4時間乗車に馴らされた体にはとてつもない速さと感じた。新幹線は特に興味が無くて録音はしなかったが、停車駅ごとに異なる民謡メロディーを収録したテープを売っていたので購入した。このテープは今も手元に現存している。もともと親の帰省に付いていく時は、特急ばかりだったので急行に乗りとおす機会はあまりなかったので、この時最後の輝きを見せていた(2年後に急行は全廃となる)455系の活躍を記録できたのはラッキーだったかもしれない。

山国で余生を送る

先日の長野電鉄です。ナビで当てずっぽうに踏切を設定し到着して三脚を出していたら踏切が鳴り出したので三脚は諦めての撮影でした。

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後で気付きましたが、終点湯田中駅までの最後の1区間でした。

相対速度500km/h超のすれ違い

おそらくこの駅構内は250km/hぐらいだったような。

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【録音鉄の回顧】新機材での初録音テープ

管理がズボラゆえに切符コレクションはほぼ壊滅、フィルムも一部喪失している我がコレクションのうちで奇跡的にほぼ残存しているのが録音テープである。
先日記述したとおり、東北新幹線の本格開業に備えてバイト代を投じて、購入したのは昭和57年10月のこと。その日は午前で授業が終わったので新宿のヨドバシカメラに向かった。買ってしまうと早速試しどりしたくなるのは人の性でその足で上野駅に向かったようだ。手元にある60分テーブのA面には、
14:30発 ひばり17号
14:33発 新幹線リレー15号
14:48発 みちのく号
と相次いで出発していく様子が記録されていた。そして、つぎが15:30発のはつかり11号の入線風景。
子供の頃はほぼ毎年親の帰省で宮城に行っていた自分にとって、上野駅の地上ホームは楽しい思い出のスタート地点。当時は決してきれいとは言えなかったこのエリア、今は往時の面影がなくなってしまったのは少し寂しい感じです。地上ホームの一部は高架ホームが覆い被さっているのと、当時の特急電車はダブルパンタゆえに摺動音が大きく響き旅立ちの気分を否が応でも盛り上げてくれました。

話を戻して、はつかり号のところでテープの内容を文字化すると、
「お下がりください。18番線に特急はつかり11号が入線致します。」との案内放送の後、近づいてくるジョイント音、モーターやブロアの音、パンタグラフの摺動音が目の前を通り過ぎて行くと食堂車の甲高い発電機の音が横切り、キキキー、きゅん、というブレーキ音とともに停車。
「業務連絡、トーハチ番の1M、ドア扱い願います。」ドアの開くとともに「お待ちどうさま、どうぞご乗車ください。15:30発の青森行の特別急行はつかり11号です。」
ながらで文字化してるのでミスタイプはあるかもしれませんが、雰囲気を感じ取って貰えれば。
(なお、音声データのアップロードは手間がかかる方法しか知らないため、やらないつもりなので悪しからず。以前You Tubeにアップするため無理やり画像をつけたら結構面倒だったのでやる気が起きません。)
このあとは、京王5000系の急行運用を録音のためそそくさと帰宅。とはいえ、混んでいたため記録したのは北野〜めじろ台だけの体たらく。しかしながら、5000系の優等列車の記録はこれかしかないので、録音しただけてもマシかと。
ところで、ズボラな性格が災いしてこの録音がいつのことなのかは今となっては不明。
しかも、このあとにメモに無い八王子駅での中央線の記録が入ってました。
なお、これ以降の録音テープについてはほぼ、録音日列車番号、車両番号、記録した区間をきちんと記入しておりました。
また、このテーブB面は2年以上空白で、昭和60年2月に新幹線リレー37号、上野〜大宮録音されてました。新幹線上野駅乗入でリレー号も終焉だったのでお別れ乗車したらしいです。

小田急線でHiSE

今回の長野行のメイン目的は志賀高原のスキーでした。せっかくスキーを覚えた子供にスキーの魅力をインプットするにはと考えたのが、志賀高原東館山の林間コースでした。あそこであれば、初級者でもロング滑走が可能なので(大学の時スキーデビューの後輩たちの一推しが大体林間コース)と思って前半は良かったのですが、ラストの発哺の近くに初級者泣かせの激坂があることを忘れてました。まあ、総じて印象が良かったので狙い通りと言えましょうか。衝撃的だったのは、ブナ平付近で廃業した宿兼レストランが積雪の重みで屋根がつぶれていたこと。合宿団体で賑わっていたエリアも廃墟のようになっておりました。
志賀高原は実に20数年ぶり、最後に行ったのは行動を共にしていた鉄友兼滑り友が年貢を納めていっしょに行けなくなったため、長電撮影&春スキーに行って以来、その時の画像(HiSEが来る前です)を探しましたが探しきれないためこれは先送りとして、HiSEつながりで小田急線で撮った方を掲載します。薄暗くなってきたので、流し撮りの練習をしていた時の画像です。

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2009年10月(「さがみ」で下って折り返してきた回送列車)

列車に合わせてカメラを振り連写したうちの1枚、そのうちで写りがマシなコマに限って架線柱やら灌木やらが不思議と被ります。凄くヒット率高いです(笑)。