寒川駅交換待ち

先日のプチ乗り鉄の画像から。
寒川駅でも数分待ちのため、まずは乗っている列車を。
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遠方で対向列車を。
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引き付けてもう一枚。
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こんな撮影ができるのも、発車時刻が対向の方が1-2分早いため。逆に対向列車に乗っていたら撮れないでしょうね。
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雨降りでもEF66 27

でも、傘いらずで済む高速道路下からお手軽に1枚。お天気悪いとモチベーションも上がりませんので。

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倉見で対向列車待ち

昨日乗った列車は、北茅ヶ崎以外の交換駅で全て上り列車、を数分待ち。利用者ならば嫌われるところですが、乗り鉄ならば撮影タイムです。これが、30年くらい前ならば硬券入場券購入タイムでしたね。単線区間で4-5分停まれば間違いなく行ってました。

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この倉見でチラ見した富士山はほぼダイヤモンド富士でしたが次に見えたときはだいぶ逸れてました。

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圏央道のランプウェイが今どきの相模線を象徴しています。今や物流の大動脈、鉄道貨物の武蔵野線に匹敵です。

西相模でショートトリップ

相模線205系の乗り納めを兼ねて茅ヶ崎、厚木で乗り換えて小田原に戻る行程で移動中。
本厚木で目の前に来たロマンスカーの後展望席が空いていたので思わず乗ってしまいました。夕方の下りとはいうものの最後尾は他に1名だけでコロナの影響が思いやられます。

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ここのところ夜遊びが過ぎる話 EF210-300

かなり見掛ける頻度が増えた感じです。

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ロンキヤの回送

昨日の出来事です。

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相鉄モヤ700

本日、海老名駅近くに案山子祭りを見に行き、ついでに相模線を撮りに厚木駅まで行くと、相鉄に珍客が来てました。

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雑誌の記事に、相鉄から東急に21000系を回送とあったけど今日とは思っていなかったので、案山子に感謝です。

国府津駅を俯瞰

新津からの届け物到着。

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【心象風景】車両や列車が格好良く見えた瞬間の話1(485系、いなほ)

画像は無いけど、子供の頃の記憶は薄れていくばかりなので忘れないうちに記憶を書き留めるべくシリーズ化してみます。

485系についてはこの他にも多くの光景がありますが、まずはこのシーンから。

時は1976年12月下旬、家族旅行で来ていた越後中里横のスキー場での出来事。夕方、線路の向こう側にある旅館に戻るため、越後中里駅の長岡側にある踏切に差し掛かるとちょうど警報機が鳴り出した。矢印は上り列車を示しているが長岡方向の線路は林に挟まれた右カーブで、近づいてくる列車は見えない。
ただし、足早なジョイント音が聞こえてきてどうやら優等列車が来ているらしい。
時間的には、日暮れ近くで辺りが少しずつ青味がかって来るブルーモーメントの始まるような様子だった。やがて、奥の線路がライトに照らされ、タイフォンとともに三灯のヘッドライトが現れた。現れた列車はクハ481の200番台が300番台で「いなほ」の文字マークが目に入る。次の瞬間、轟音と風圧を感じ轟然と目の前を特急列車が通過していった。
目の前を横切るモーターの唸り、パンタグラフの摺動音とかメカニカルなさまざまな音が通過していったと思うと、赤いテールランプが走り去っていった。あとには、巻き上げた少しばかりの雪煙の余韻が舞う。

青味がかった雪景色、林の間から顔を出す三灯ライトとお膳立てが揃い過ぎの感もあるが、見慣れた485系が凄く格好良く見えた瞬間だった。

発色悪い485系あいづ写真

プリンターの調子が良くないので印刷テストやはり微妙な感じです。

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2003年6月

快速格下げになる少し前のあいづ号です。

【1981年8月】峠駅のスナップ

特にEF71は再掲かもしれませんが。

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在来線特急つばさ、見納めドライブ旅-3

この記事完全に忘れてました。
仙台に車を置いて新幹線で福島に行って切符を買い直し、在来線ホームに向かい17:43発の特急「つばさ」を待つ。ここからは仙台まで1時間ほどの485系の乗り心地を堪能する。全盛期は55-59分で走破していた区間だがこの程度の差は気になるものではなく、充分に往年の雰囲気を味わえた。
仙台到着後は、秋田に向かう同列車を見送り、福島~仙台の485系ミニトリップは終了。
駅構内のお土産コーナーで買い物をして駐車場を出るころには6月と言えども日暮れを迎えており、東北自動車道に入る頃には真っ暗に。あとは淡々と東北道を南下して佐野藤岡サービスエリアによって遅めの夕食後に都内まで一直線と思いきや土曜深夜の首都高速は渋滞発生の為、早稲田あたりで下道に降り甲州街道を目指すもこちらも渋滞。
その渋滞も郊外に差し掛かる頃には解消して順調に流れ出すものの、もう1つトラブル発生。ロードスターのオーナーである友人は疲れ果てて、自分がハンドルを握っていたのだが、走行中に加速が鈍る事態が発生。あわててクラッチを切るとエンストしたので、クラッチペダルを踏んだまま再始動を試みるもダメでハザードを点灯して路肩に寄せる。
その頃には助手席で眠りこけていた友人も目を覚ましたので、状況を説明するとメーターを見た友人曰く、「ガス欠」とのこと。確かに渋滞中にガスメーターがE近くを指していたのでそろそろ給油と考えていたが見通しが甘かったようだ。オーナーが言うには、この車はEを指したら即給油だそうだ。自分の車はこの時点で2,3リッターあるので油断してしまった。
この騒動で帰宅はさらに遅くなり自分の実家に着いたのは3時近く、流石に友人をこのまま送り出すのはやばすぎだと思ったら我が家のソファーで寝落ちしたのでそのまま朝まで放置。朝起きてきた我が家族はさぞ驚いたことだろう。
そんなこんなで、仙台日帰り強行ドライブ旅行は曲りなりにも一応の成果を収め、あれは若気の至りだったと忘れられない思い出となった。もっとも、今の年齢ならば、新幹線とレンタカーを使うとか、作並温泉あたりに一泊するとかもっと気の利いた行程を考えそうだが、まあこういう行き方もこの時しかできないことなので、後悔はしていない。
(以上おわり)

仙台発秋田行き特急の表示で「つばさ」と分かるでしょうか
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秋田に向けて出発
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ここのところ夜遊びが過ぎる話 M250系

EF66 27がいよいよ検切れ間近との憶測が流れる一方で、当の機関車は上京すると翌日に帰阪する運用ばかりに入るため、来るたびにこれで最後ではないかと気になって仕方ない。
撮るとしたら超早起きするか夜更かしするかの2択なので、朝が弱い自分としては夜更かしの方を選ぶわけで。
さて、その27号機を見送って帰るつもりが通過時刻を見ていたら30分後にSRCが来ることが分かり居残り学習ですが、成績は・・・悪そうな。

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被写体ブレしないようにカメラを振りながら撮るも、なんかいまいちなのは腕のせいでしょう。
この季節は暑くもなく寒くもなく、蚊に刺されることもないのでまあ快適な待機時間でした。

20日ほどで引退、E4系MAX

引退までにまた会えるでしょうかね。

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【1981年8月】奥羽本線峠駅訪問

はじめにお詫びと訂正
この一連の旅行記ですが、年代を間違えて1979年と記載している事にいまさら気付きした。正しくは1981年なので順次直しておきます。

福島駅から
宇都宮から普通列車で辿ってきて、奥羽本線乗り換えまでの2時間ほどは何をしていたか、失念。どうせならば、福島交通線でも見に行けば良いのに撮影記録なし。(旅行資金の制限があるので乗るのは無理としても見るぐらいならばできたはずなので)
1980年10月の時刻表であるが、概ね同じ時刻なので参考に貼り付ける。


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乗ったのは425列車で福島駅10:45、峠に11:35で50分後には到着していた。今とは違って、一緒に十数名くらい降りたような気がする。(このあと、峠から乗るときはそれくらい写った画像が残っていた。)駅舎は本線より一段高い位置にあり、階段を降りると本線脇に出られるようになっていた。そちら方向にもしゅうらくがあるのか、勝手踏切のような道が通じていたが奥には行かずその周辺で列車を撮影していた。
臨時特急つばさ51号、気動車急行のおが1号に貨物列車などがネガに記録されていた。
しかしながら、滞在時間は瞬く間に過ぎて14:10発の429列車で峠を離れた。次の大沢駅では6分停まり後続のやまばと1号に抜かされると分かったのでカメラを持って駅の外に走るも、道路はスノーシェッドの真上を通っているため線路には近づけず音を聞いただけに終わる。米沢駅では停車時間を利用して牛肉弁当を買ってようやくお昼にありつけた。食べ終わる頃に列車は赤湯の先の盆地を見下ろす辺りを走行中。そして山形に16:00着。ここでは、急行仙山と思われる455系の屋根を撮影(模型作りを目論んでいたらしい)しているが、仙山線はどの列車に乗ったのか失念。

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832列車は3分接続なので乗れた気がしないので16:59発の仙山6号だろうか。景色の良いはずの仙山線の記憶はほとんどなく、おそらくうつらうつらして仙台まで乗ってその後は、宮城県の親戚宅に再度泊めてもらった。
さすがに、かなり疲労していたのでこの後は出歩かずほぼ親戚宅で過ごし従姉妹と映画を観たくらい(主題歌がビートルズだったので悪霊島)。そして数日後の急行いわて2号で帰京、長い夏休みの放浪の旅は終了した。

根府川駅の月夜

普段は穏やかな様子ですが、ここは急峻な地形の場所にある駅です。

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根府川駅でEF66 27

構内は暗いし自分のカメラの性能ではうまく取れないことが分かっているけど、ついつい行ってしまう魅力があります。

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2021年6月




サメ6の後ろ姿

いまは27号機の去就が取り沙汰されていますがこちらもそう長くは無い様に思えます。

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走り去るEF66 27号機

昨日と今日は昼間に運用されてます。が、今日は行けないので前日分を。

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横須賀線E217系電車

たまたまかもしれませんが、見る機会が気持ち減った印象です。そんなわけで、見たら写すことをまずは心がけます、



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【1981年8月】宇都宮乗り過ごしのリカバリー編

前回書いたとおり、臨時急行「八甲田60号」で気持ちよく寝落ちして福島て降りるはずが宇都宮まで来てしまった話の続きである。
駅員さんに誤乗認定されたお陰で乗越し精算は不要となったので改札は出ずにコンコースに留まった。宇都宮に着いたのは4:11で下りの始発は5:25。この間、上りホームに行けば北星、津軽2号、あけぼの2号、4号、おが4号が相次いで発着していたのに完全に忘却してベンチで過ごしていたのは痛恨の極みである。そのまま眠さを引きずって115系の普通列車に乗り黒磯に6:20着、階段を上り降りして6:29発の客車鈍行121列車に乗り換え。
時刻表を見ながら郡山から先の行程を検討する。磐越西線は接続が悪く、磐越東線は9分で客車鈍行の平行があったがなぜかスルーして9:01の福島まで乗車。
このあとは奥羽本線のスイッチバックをじっくり見るべく10:45の新庄行を待った。しかしながら、この長い待ち時間に一体何をしていたか不明で、ネガの撮影記録も無かった。
周遊券で夜行連泊は便利だがそろそろ疲労が溜まって居たらしく、待ち時間を無為に過ごしてしまったようだ。
このあとの奥羽本線の様子は次まの章に記述する。