月夜に

なのに数少ない列車の通過時刻には、上空の雲に月が隠れ反射のみ。

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新車の納車

このペースだとデビュー時には半数くらい置き換わりそうな勢いです。

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わざとらしい夕焼け

メーカーによってホワイトバランスの設定が異なるのか、夕焼けが見た目より鮮やかに写されることがある。これは、台風接近前の夕方の様子。実際かなりキレイに染まっていたものの少し味付が濃い感じで、トマトケチャップ感のあるパスタソースを連想してしまった。露出がアンダー寄りということもあるが、ミラーレスの方はあっさり目だったので、メーカーの個性かとも思える。

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で、本題はダイヤ改正で、到着時刻が湘南ライナー1号から30分近く早まった湘南1号を夏場の明るい中で撮ろうと試みるも時期既に遅し(ひと月前に来るべきでした)でヘッドライトにオートフォーカスが眩惑されて終了。来年の課題事項と相成りました。

1987年3月 国鉄解体直前の新津でボンネット北越

国鉄が消えるまで10日ほどとなると、いても立っても居られなくなり年休を利用して新潟方面に繰り出しました。
その時の印象では、国鉄を示す文字やJNRマークが即時消されると勘違いしており、残された時間で国鉄の記録をしようと考えた次第。
新津の鉄道資料館に行くつもりで線路端を歩いていた時に北越が通りかかったようです。

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JNRマークを捉えるはずがワイヤもろ被り
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半端な写真ですがこの後にJNRマーク付の北越を撮る機会は無かったのでまああるだけマシというところでしょう。
この後は、てっきり五泉-村松に残る蒲原鉄道に行ったと思い込んでましたが記憶違いと判明。訪問時は雨降りでしたがこの感じでは別の日ですね。新潟駅構内で雷鳥を写し、一気に水上駅の駅舎が記録されてましたので、新潟から越後湯沢まで新幹線、在来線で水上、高崎と通っておそらく在来線あさま(おぼろげに記憶あり)で帰京だったと思います。

相模線向け新型車

昨日は表に居たので記録程度に。

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青い海、青い釜

夏の海を横目に遥々高松を目指す71列車が通過する。

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この撮影の前に真鶴半島に行ってました。初島を遠景に岩場の様子を。

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1977年ネガの続き

時系列からするとこちらが先で往路の郡山駅です。
この日、赤羽駅で「いわて1号・ばんだい1号」にわずかな差で乗り遅れ、大宮から後続の「ひばり1号」で郡山駅まで先行、ここで「ばんだい1号」を待っている間のスナップです。

まずは切り欠きホームで水郡線のキハ28を、隣には583系が入線中。
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その583系はこちら、文字マークの「はつかり1号」でした。
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奥のキハ58らしき車両は磐越東線でしょうか。もう一度タイムスリップしてみたい国鉄時代の郡山駅でした。

探していたネガが出てきました。1977年秋

猪苗代湖に行った時の記録から。
おそらくED77の記録はこれぐらいしか。パンタグラフ切れてる残念写真
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急行いなわしろ?あがの?にぶら下がっていたキハ23?
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猪苗代駅、2010年以来行ってませんが、この当時とさほど変わっていない印象でした。

炭酸水

ハイボールでも作ろうかと、炭酸水のボトルのフタをひねって小気味よい音を聞きながらそういえばこれに似た音が、と思ってふと思い当たった。
機関車を切り離すときにエアホースを切り離すときに、そういえばプシッという音がすることを思い出した。理屈的には圧力が高まっているところを大気開放するのだから似たような音がしてもおかしくは無いなあととりとめのないことを考えました。
但し、圧力はエアホースのほうが高いのであっちの方が鋭い音ですね。炭酸水は使っていく内に音が弱くなってくるし。

夏が来ると思い出す

残念ながら尾瀬ではないです。
乗り鉄小僧だった高校生の時は夏休みが近づくとそわそわ、どこに行こうか時刻表と首っ引きで計画立案に勤しみます。
高校生の旅の共は周遊券、そして急行列車は欠かせない存在でした。東海道、山陽筋は急行はほとんど無いものの、大垣夜行の153,165系、山陽快速の153系が健在、関東周辺であれば165,169系、455系をはじめとした交直流急行電車が重要な存在でした。
真夏になれば屋根上に載せたクーラーがフル活動しててこの音を聞くと旅立ちの気分が高揚したものでした。特に電車好きとしてはパンタグラフ付モハを狙って乗るため集中型クーラーAU72
とお近付きになる機会が多かったので、このクーラーゆにっとから出てくるキーンという音が印象的でした。ところで、ターボエンジンのブレードの音は音速を超えるかららしいですが、このクーラーの冷却ファンかそこまで高速回転するとは考えにくいので、別の理由だと思いますが、確かに独特な音がするのはその後の録音や動画(但し、探しそびれてる)にも記録されていることを確認しています。

画像は山形駅でのモハ454です。
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在来線特急つばさ、見納めドライブ旅-1

1992年7月から奥羽本線福島−山形に新在直通の新幹線列車が走り出すことがきまり、暫定で仙山線経由で運転されていた在来線特急つばさが廃止となることが決まった。
廃止もさることながら、一時的に復活した福島−仙台間の在来線特急に乗れる最後のチャンスでもあり、これを逃す手は無い。
普段であれば、ここは新幹線&レンタカーとなるが、友人はなんとユーノスロードスターを買ったばかりで、慣らし運転も終わり乗りたい盛りゆえに、ここはクルマ一択。ダイヤ改正に近い6月のとある週末に実行と決まったが、前後の都合から日帰り行程の強行軍。仙台往復+α、900kmのドライブ行となった。
当日は、朝5:00位に八王子を出発、一路快調に中央道、首都高と辿り東北道を走り、まずは東北本線越河-白石のそこそこ有名なポイントに到着した。さすがにここには先客が数名。
まずは、ここで上野を目指す485系つばさ、ED75の貨物列車、719系などを撮影して過ごした。目的の列車撮影後は、都議の場所に移動のために30分程の滞在で撤収。次なる場所へ向けて出発した。

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ブリントをスマホで撮影のため見苦しい点はご容赦を。色が変なのはプリントの変色らしい。

相模線

国府津にE131系が到着したようで偵察して来ましたが、屋根付きの庫に保管されていたので様子見は持ち越し。
今週は相模線の海老名以北に行ってみましたが、車移動は何かと制約が多そうなので近々再チャレンジですね。

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入谷付近は田園地帯ですが、家が増えてきた感じ。でも、もっと驚くのはこの場所から2kmぐらい走って海老名駅に近づくと高層ビルが多数現れ、突如都会的な景色に一変。車でここに来たのは約10年ぶりですが大変貌ぶりに感心しました。

新車通過、東京メトロ18000系

今宵のうちに八王子まで行ったそうです。

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ロマンスカーの特等席

先日、海老名に用務で行った帰りに空席を検索すると本厚木から先で空席を発見。約30分の滞在でした。

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愛甲石田ー伊勢原で見える送電線の立体交差は、ついつい目を引きます。
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JR通勤型の特急

相鉄線内限定とはいえ、やはりこちらは違和感たっぷりです。

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相鉄海老名駅

超早駕籠

本日は江戸に用務があり、木霊号なる超早駕籠で帰宅でござる。江戸出張ではあるが、セントラルステーションで何とか手に入れた横濱名物をいただいたでござる。

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5000形試運転

海老名駅で遭遇。導入されたばかりの編成でしょうか。

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先が見えてきた相模線向け205系

海老名以南は結構住宅密集地で開けたところがあまり無い印象でした。これならばはじめから相武台下辺りに行った方が良かったかもしれません。

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「なは・あかつき」に乗った時の話-4 オプショナルツアー?

業務での用件が思ったよりも早く終わったため、同僚のリクエストで長崎に向かうべく列車に乗車、18:20頃に長崎に到着した。

2月下旬の18:24でこの明るさとはさすがに西九州
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とはいえこの時間では主だった観光地は終わっているので、夜ならではの観光地、稲佐山に向かった。ロープウエイに乗って夜景を見ようとの算段、男二人だけどボッチよりは行きやすいだろうとの目論見。

山上駅は「稲佐岳」、ふもと側はのちほど
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さすが、海を抱く夜景はきれいでした。
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夜景を堪能して麓に降りてきた、こちらは「淵神社」
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乗って来たロープウエイ、ガイドさんが写ってました
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粋は暗くなるまで時間を稼ぐため歩いて行ったけど、帰りは時短のため市内電車
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せっかく長崎に来たので駅近くでちゃんぽんを食し、駅に戻って来た。21時近くの駅は帰宅ラッシュでごった返していた。ここで国鉄色のキハ67を見掛けたが撮影できる状況ではなく涙を飲む。駅構内は「あかつき」廃止に向けた惜別の飾りつけがされていた。

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ここにも顔出しパネルがあった
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大村線経由の佐世保行きはなんと2両編成で、結局諫早近くまで混雑が続き、せっかくのキハ66-67を堪能する感じではなかった。少しばて気味で大村に帰着。早々に宿に帰り就寝した。
翌日は、なんと昼過ぎに業務終了、あとは帰るだけだが二人とも最終便を特割で予約、変更手数料が必要なうえ、便を変えたところで帰社できるわけでもないので諦めるが、さりとて近隣を遊覧するにもとうとう雨が降り出しお手上げ状態。しかも、自分は風邪がぶり返してきたため、空港近くで見つけたネットカフェで休養。飛行機の時間が近づくと外は激しい雨となっていたが、空港までネットカフェの車で送迎してくれるとのことでありがたく乗せていただく。あとは、羽田行きのB747に搭乗、ひたすら低調のまま羽田に帰着したのだった。とはいうものの、廃止間近の「なは・あかつき」の乗車機会が得られたのだから実り多い出張+αといえようか。
(おわり)



国府津駅からさようならする215系

夜のスローシャッターは肉眼と違った景色が見えて面白いです。

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一応撮っていたED78

仙山線につばさを撮りに行った時の記録です。ネガは不明のためプリントから。

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さようなら215系

昨夜、国府津から最後の編成が旅立ちました。大方の予想では廃車だと考えられますが、改造して観光列車としての使い道があったら楽しそうです。しかしながら、その時は国府津には来ないでしょうからやはりお別れですね。走行系は211系に近いのでながらの後がまに使われたらと妄想してたのですが無いだろうな。

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我が家で一番暗所に強そうなので、オリンパス OM-D E-M10 マークⅢを持ち出してきました。コンセプトはファミリー向けらしいですが、かつてのOM-1を思わせるコンパクトボディと相まってなかなかできる奴の印象です。オリンパスがカメラ事業を手放すのとマークⅣ直前末期モデルのためか良い買い物でした。が、ほぼ娘の専用機になってます。

今日でお別れか?215系EF64と連結

編成短縮とか、改造の可能性も有るのかもしれませんが、廃車にしても改造にしても工場に送らないと始まりません。
とにかく、今夜で全ての編成が国府津を去るようです。

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黄色先生試走する

とのことで見てきました。

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相鉄弥生台はトンネルに挟まれた駅

12年前、一時的に最寄駅だったことがありますが、当時と車両がだいぶ様変わりしてます。どちらもその当時居た車両ですが、10000系もいずれは模様替えですかね。

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雨降りでブルーモーメントの時刻に御殿場線

最近ちょっと病みつきな御殿場線、下曽我-上大井の田園風景。しかしながら、雨のために水鏡にならず終了。

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「なは・あかつき」に乗った時の話-3

【諫早で】
ここから先は殆ど「なは・あかつき」から外れる内容なのだが、昨日で引退したキハ66-67も登場するので、惜別の意味合いも込めて紹介する。

終着長崎に向けて出発、車掌さんの持つ無線機のアンテナがちらっと見える
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ホームには記念撮影用の顔出しプレートがあった
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出張の目的地は諫早ではないので、乗り継ぎ時間を利用して普段見慣れない車両たちを撮影した。

まずは島原鉄道
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「あかつき」の続行で817系が到着。
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佐世保行のキハ67、次に乗るのはこの列車
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【大村線】
そんなわけで、憧れのキハ67に早々に乗り向かった先は2駅先の大村駅。少し待つと長崎行の列車が来ることが分かったので駅のはずれの踏切で待機し、やって来たのはキハ200だった。

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このキハ200は精悍な感じで結構好きかも。角型ライトも1980年代後半から1990年代に出てきた高性能な乗用車を思わせる印象。水戸岡氏のデザインでこのデカールが嫌いとの声もあるが、当方が車に興味を持った時期は、高性能をイメージするデカールが全盛期、「INTERCOOLER TURBO」とか「TWIN CAM 24VALVE」、「4VALVE DOHC」などとでかでかと車体に貼ってあったのが普通だったので個人的には案外気にならない。この車両ならば、さしずめ「200DC POWERED BY JR KYUSHU」とか書いてくれてもという感じだろうか。

このあとは、バスで長崎空港へ向かい飛行機で現地入りする同僚と合流。別に待ち合わせ場所は空港でなくてもよいのだが、時間が余っているし、場所的にわかりやすいし、飛行機見てれば飽きないしで、こうなった。

同僚の乗った飛行機はB747、今は退役してしまったので良い記録になった
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めでたく同僚と合流して、出張先に移動。相手先の都合もあり当日の作業は早く終わることになり残りは翌日、まだ明るいうちに宿泊先のホテルにチェックインとなった。
時間はたっぷりあり、同僚から長崎の街にいってみたいとのリクエストがあったので、列車に乗るべく大村駅に向かった。長崎までは1時間ほどで、再度キハ66-67かキハ200のお世話になることとなった。この様子は次回記述したい。
(つづく)