湯河原で花火大会

15分と短縮スケジュールでしたが観てきました。

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久しぶりにEF66 27

意外とタイミングが合わず撮り損ねるのでかなりご無沙汰でした。

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一本前は代走のEF210-322、世代交代が近づいていることを実感します。

白桃通過

桃太郎も次々に模様替え中。

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踊り子8号から185系(踊り子17号)とのすれ違い

但し、こっちが暗くて185系とわかりづらいかも。

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新鶴見居住予定?新車の押し桃がやって来た

まさか、平成·令和版のEF59が関東に配属になるとは!

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右側が空きすぎて収まり悪いので正方形にトリミングしました。

東京駅ホーム ムーンライトながらの案内板

一応まだ残すという意思表示なのか、ただ置き去りにされているのか。

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田端の日常と非日常

多くの人は一瞥もくれず踏切を通り過ぎる。

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残照に輝くカシオペア紀行

これは予想外だったのでラッキー。目の前でスロー運転から加速に入り64の唸りをたくさん聞けたのは良かったのですが、到着がぎりぎり過ぎて動画の用意できず。

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街灯は列車通過と同時に点いたので、車体で遮ったのが原因なのでしょう。

ワンカップ大関 特急ヘッドマーク

会社帰りにNEWDAYSよったら、こんなものがあってついつい買ってました。
日本酒あまり飲まないのにどうするべ。

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80年代 観光主体の会津ラウンドトリップ【序章】

RJ誌で名取さんのミニ周遊券を使ったラウンドトリップの記事を読んだら、自分も似たような旅行をしていた事を思い出しました。
但し、こちらは非鉄の友人と一緒なので観光旅行でした。とはいえ、切符選びと行程は任されていたのでしっかりと鉄的要素を盛り込んでの旅行となりました。
行ったのは、1984年のゴールデンウィークでした。福島・会津磐梯ミニ周遊券の効力を活用しての行程は、次のとおりです。
1日目 上野−夜行の臨時「佐渡」−
2日目 −小出-(只見線)-会津若松-猪苗代バスで五色沼観光
猪苗代-会津若松 泊
3日目 会津若松市内観光 会津若松−喜多方
喜多方市内観光
喜多方−郡山−臨時急行「ばんだい」−上野

ショートトリップとは言え、客車急行に2回乗れて只見線乗りつぶしも出来る美味しいプランでした。
当時、当方は八王子市在住、友人は日野市だったので上野駅に向かう道すがら途中で合流して旅が始まりました。

185系の中から見る185系

意外に185系同士のすれ違いはそれほど多くないので(こまめに探せばあるかもしれないが)、湘南ライナー7号からホームライナー小田原21号の回送を狙ってみました。

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オリジナルEXE

この塗色もあと2編成だそうで見たら反射的に撮るようにしてます。

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ロマンスカーでは地味な存在ですが、平日の夕方に知らないオジサンと隣り合わせになるならばこっちがベストな選択と思ってます。

雨降りなのにカシオペア紀行

コロナ禍のために1月〜9月までお休みしてたカシオペア紀行。おかげで日の長い美味しい季節は去り、写欲だけが募るばかり。
そこで雨降りながら撮影に繰り出して来ました。雨降りなので都内でいいやってなって、雨降りなので車移動にしました。目論見では、田端の踏切で推回、赤羽あたりで本運転のつもりがやはり道が混んでて、回送が上野到着時点で上野駅前に到達する有様。
結局赤羽駅にも辿り着けず、環七陸橋から撮影。ここならば東十条から歩いて来れますね。但し、大型車の風圧で傘が結構煽られましたので雨の日向きかと言うと微妙かも。

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新山口から広島へ【エピローグ】

時間は前後するけど「富士・はやぶさ」下車後の新山口のラッシュの様子。

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新山口からも新幹線に乗れるがまずは山陽本線の普通列車に乗車。
新幹線で戻ると時間が早すぎることと、風景の良く区間を(先ほど通ったばかりではあるが)通らない手はないので、やって来た115系に乗車。このまま広島まで行くと時間切れなので徳山まで乗車して115系とはお別れ、この瀬戸内色は結構好きな塗装である。

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徳山駅のホームを見渡すと「富士・はやぶさ」の乗車案内札があったのでこちらも記録。この駅は1番線ホームに改札口が直結している昔ながらの主要駅スタイルが好ましい。

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ここからは現代版早駕籠で先を急ぐため新幹線ホームに移動。暫くしてやってきたのは。前側は失敗したので後方からの画像を。0系も終焉が近く色々熱い時期だったので時間を合わせて撮影したのであたった。

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当方は通称三井住友カラーの100系で広島へ。

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広島に就けば、あとはお仕事モード、楽しかった移動時間もここまでで終了。

(おわり)

丸ノ内線02系

そろそろ真面目に記録しないと。

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国会議事堂前

最後?の東海道ブルトレ乗車体験-2

今回の寝台列車ではよく眠れたようで、大阪も岡山も気付かずに通り過ぎて目的地の広島到着。しかし早朝なのでそのまま。6時のおはよう放送が入ったので外を覗くと夜明け前の瀬戸内海沿いを走っていた。弁当の販売があったので購入し早いが朝食とする。

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瀬戸内海の景色を見ながらの朝食は格別であるが、東海道、山陽路から寝台特急が消えたら味わえなくなるのはとても残念に思った。
起床してから、新山口駅まではあっという間で後ろ髪を引かれるものの降り支度を整える。新山口駅下さいでは、熊本と大分に向かう列車をお見送りした。

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これでブルトレ乗車記は終わり、新山口駅の朝のラッシュを眺めてから改札口に向かい記念にするため指定席券に無効印を押して貰いました。
エピローグとして、新山口から広島への道中を次回紹介します。

(続く)

鉄道コレクション NewDays KIOSK オリジナル 第3段

買ってみたらいきなり715系をゲット。

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最後?の東海道ブルトレ乗車体験-1

12年前のとある秋の日に広島に行く依頼を受けた。
神奈川県から広島に行くとしたら一般的には新幹線か飛行機だが、時は2008年の秋、せっかくなのでもう1つの選択肢で行くことにした。
そんなわけで、前日の夕方に雨降る横浜駅で青い列車の到着を待ち構えていた。雨天の休日にも拘わらず横浜駅ホームは結構な人数が列車を待っていた。しかしながら、おそらくこの列車に乗る人はこの中のわずかに違いない。そして、横浜駅に入線をしてきたのがこの列車。

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この時点では廃止の正式な発表はないものの翌年のダイヤ改正までだろうとの見方が専らであったため、予定を早めて前夜出発することとした。但し、この時は自宅の引っ越し準備のさなかであったため、東京乗車は断念せざるを得なかった。
指定された寝台に落ち着き、当時の最寄り駅を雨に濡れる車窓から眺めつつおよそ13時間の旅がスタートした。さすがに早朝の広島到着では早すぎるため、新山口まで乗車して折り返すプランとした。本当は下関ぐらいまで乗りたい気持であるが、時間的にあきらめざるを得なかった。
そもそも、支給される交通費は横浜~広島分なので、はみ出す分の自己負担とのせめぎ合いといったところか。
EF66 46は雨をものともせず力走を披露する。車内を辿り1号車の貫通扉越しに活躍の様子とモータの唸りを堪能して来た。掛川駅を通過するときには、停車する下り「こだま」の様子がみえた、浜松駅に滑り込むとその「こだま」と思われる編成に再会した。おそらく、「こだま」は掛川を発車後にこの「富士・はやぶさ」を追い抜かしたものの浜松で「のぞみ」待避中に追いつかれたような感じであろう。乗った車両が前方だったために、ホイッスルやモーターの唸りが聞こえてきてEF66の俊足ぶりを堪能しているうちに名古屋到着。ここでは雨天にもかかわらず何名かの撮影者の姿を目にした。
客車特急ながらハイパワーな機関車ゆえのハイテンポな走行音は高揚感があり、何度でも体験したい乗り味であった。今となっては再体験ができないことが大いに残念である。

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岐阜を発車し列車は関ケ原の越えに差し掛かったようだ。できれば寝ずに孤高の東海道ブルトレの活躍を堪能したいところであるが、翌日の行動に差し支えるためそろそろ就寝することとした。

(つづく)


本業に戻った?伊豆ロイヤルエクスプレス

東海道線の朝からのトラブルの影響で15分程遅れて通過。

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アプリの列車位置に表示されるとは知りませんでした。団臨でも営業列車だと表示されるのか。
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サフィール夜を跳ぶ

最後部プレミアムグリーン車は夜でも灯りが漏れない作りらしいです。

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「あけぼの」最後の冬

2013/12/27 推進回送で入線してきたところを。

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昔乗っていた車で点火系トラブル

初代しのシビックのお話の続きです。
前オーナーの従姉が大人しく乗っていたことや2年くらい放置されていたためか、譲り受けた当初はエンジンの吹け上がりはあまり良くなかった。CV'CCエンジンというのもあるらしいが。
幸い、まわりにクルマ好きな友人がいたので情報交換してオイル添加剤とかを試したりしていたら、レッドゾーン手前まできちんと回るようになった。
しかしながら、ある時期から4000rpm以上回らなくなってしまい、回転もなんだか安定していない症状が出てきた。友人たちの助言からプラグが怪しいとなり、プラグコードを一本ずつ抜いてみると
3番だけ何も変化が起こらず、ここが怪しいらしい。なぜか、予備のプラグが荷室に有ったので交換してみると外したプラグは真っ黒だった。ところが症状は改善せす修理工場に行くことになった。
結果は、プラグコードの断線かディストリビューターの故障で、エンジンルームのそこだけがピカピカになって帰ってきた。
エンジンは期待通り復調しこの問題は解決した。ところで、この車のエンジンフードのヒンジは前側にあり、プラグもエンジン前方に位置するため作業がかなりやり難かった。

とは言え、車の仕組みを理解するにはよいきかいであった。今のくでは、ダイレクトイグニッションとかでプラグに容易に触れないし、ましてや電動化で点火系統の必要ない車も当たり前になり、時代の流れを感じます。かと言って、旧車を維持するには優しくない環境なので、おそらくこんな体験は無いように思います。

久しぶりに。EF64貨物

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京王ライナー送り込み回送

乗れないか期待しましたが、回送列車でやって来ました。

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瀬野八でEF65一般型

41ねな干支はいえ、普段であればおそらくスルー下に違いないEF65、列車本数が少ないがゆえにシャッターを押していたようです。後部に続くのはワムの行列、これも我ながらよく撮ってましたと自画自賛かな。

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1979年夏 山陽本線 八本松-瀬野

別府鉄道のバケット付DC

別府鉄道訪問時の続き。全線踏破のため、今度は野口線で高砂線との接続駅、野口へ向かいました。
高砂線の廃止により、

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相鉄20000系甲種輸送

キレイな夕焼け、富士山もくっきり見えていますが、車体は闇に溶け込んでいました。
来月、新7000系が引退だそうで、親しんだ車両のリタイヤはちょっと寂しいです。

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別府鉄道のDL

あまり記憶が残っていませんが、土山から乗った列車は別府港に着くやいなや、客車を残して入換、仕方がないので庫に居た別のDLを撮った模様です。

別府DL
1979年夏 別府港

41年前にしてこの浮世離れした雰囲気なのに、撮った写真はあと1枚のみ。これが兵庫県でなく関東近郊にあれば再訪したに違いませんが、遠方では叶わず、これが最初で最後の訪問でした。



1985年の青春18きっぷ

別府鉄道のしゃしんといっしょにでてきました。

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別府鉄道の客車

かつて行ったことがあるのにネガが見つからないと思っていたらひょんなことで押入れから出てきました。但し、紙焼きした写真だけでネガは行方不明ですが、おいおい紹介していきます。
確か、この客車に土山から別府港まで乗りました。

別府PC
1979年 別府港