八高線電化前の画像

実家からの荷物にネガがありました。1990年頃かと思われます。

しっかし、ひどい黄変。
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なのでモノクロ変換。
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小宮−北八王子
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海沿いを走る「踊り子」号

暑いので伊豆多賀の海で泳いでました。

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中央線の異端車

新宿から四ツ谷まで乗って撮影失敗したので後続で神田まで追いかけてようやくほかく。

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湘南ライナーでサロ185-1

トップナンバー乗るのは初めてです。しかし、プレートは字体が歪んでいて明らかに盗難被害に遭ってますね。腹立たしい限り。

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原宿上空のJAL機

このルートになって何回か見たけどいつもおおってなってしまいます。

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夏の思い出 線路際の公園でラジオ体操

小学校の夏休み、おなじみの行事はラジオ体操だった。八王子のわが実家の体操会場は中央線の線路横の公園だった。さすがに気が散ると思ったのか体操は線路に背を向けて行い終わると出席ハンコを貰うために並ぶのだが当時は100人ぐらい?の参加者だったので10分ぐらい待たされるのであった。
ここで素直に家に帰ればAM7:00ぐらいに家について朝ごはんとなるのが日課であったが、時々友人たちと意気投合して公園に居残って時間を忘れて遊ぶことがあった。んなことをやっているとすぐに1時間ぐらい経過してしまい家に帰れば鬼の形相で、あるいはあきれ顔で母親に迎えられるのであった。
前述のとおり、中央線横の公園なので朝のラッシュ時ということもあって頻繁に101系や103系が通り、思い出したように165系、115系、EF64貨物が通過するだけあった。当地のクイーン特急「あずさ」は比較的朝が遅いので自分たちの遊び時間にはみかけることはなかった。
そんな夏の朝に遊びに、10両編成の電車通過中に滑り台を何回滑れるかを競うという変な遊びがあった。通勤電車はすべて10両、両隣の駅の中間なので通過速度もほぼ一緒で条件が揃うのも理由だった。朝早いと滑り台の主たる利用者の小さい子が居ないのもこの遊びを始めた理由だった。
ただそんな中央線にも珍客が時々現れ、近くの踏切が鳴ってスタンバイしているとクモニ13単行が来たり(但しこれは夕方だったかも)、EF64単機が来たりで大いにズッコケることもあった。
ちなみに、滑り台の回数は階段を駆け上がりすべり降りて階段へと繰り返すのだが、どんなに頑張っても最大3回までしか滑れなかった。
ところで、朝の車種が単調だった中央線だったのが幸いで、これが蒲田付近の東海道線とか赤羽付近の東北本線とかであったら、寝台列車や特急列車のラッシュが訪れて家に帰るどころではなくなるので最悪家に家れてもらえない事態が予想されたからである。

画像はDD51牽引の高尾臨(右端の木がある場所がその公園である) おそらく再掲
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1986年秋、長野県を巡る直流急行型電車お別れ旅-5

ラストランナーの「アルプス」は寝ぐらの松本運転所の横を通った時に折りよく蒸気機関車の様な汽笛が聞こえて来た。これは運転所に置かれた蒸気機関車のボイラーから時報代わりに発せられる音らしい。
塩尻までの複線区間を快調に飛ばし列車は塩嶺トンネルに差し掛かる。トンネルに反響するMT54のモーター音を堪能すると岡谷。ここからは飯田線からの急行「こまがね」を後部に併結。同時に我々はグリーン車に引越し急行型のサロとのお別れ乗車を堪能するためだ。アルプスから撤退するとあとは急行東海だけの連結になるので、奮発したのだった。
しかしながら、このあとは同行の友人と信州産のワインを開けたため記憶はかなり曖昧になった。
気がつけば、友人の降りる立川に近づいており、残りの時間は一人静かに電車急行との別れを惜しんだのであった。
これで、定期列車では長編成の電車急行は「東海」を残すのみとなった。

「アルプス」、「こまがね」連結シーン
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「こまがね」の横サボ
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炎天下を征く

あまりの暑さにモヤモヤしてます。
20分ほど居ましたがN700Sにはであえず。

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箱根登山鉄道の運用に就くシルバーの1000形

赤電が遠征中のためこうなります。

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熱海発黒磯行を小田原駅で

江戸中央ステーション経由で本日中に黒磯まで行けるなんて驚きです。大昔であれば黒磯から「八甲田」、「津軽」といった列車に乗り継ぎ可能な時間ですが、令和の今は黒磯に泊まるしかなさそうです。

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発車は19:22、小田原に8分止まり先行列車に接続。
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小田急車両との並び。
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12系と競争した小学校の夏休み

確か小5の夏休みだったか、恒例行事となっていた親の実家への夏休みの帰省は、妹と二人親は来ない時が有った。
あちらに行くとラジオ体操には行かないのでダラダラと朝寝坊していたら母親より厳しい叔母に見つかってしまった。
こっちでもラジオ体操行ったら?と言われるが、完全にアウェー環境でのラジオ体操なんて出たくないので行動に移すことにした。
普段は優しい叔母もこと規律に関する事項は絶対に妥協はあり得ないのである。
そんなわけで翌朝、ラジオ体操の少し前に親戚の家を出ると、東北本線松島駅に向けてジョギング開始。15分ほどで駅近くに着き、高城川の堤防道路に曲がる。当時は国道のハイパスも無く砂利道の続く静かな場所であった。ちょうど、下りホームに赤い機関車が青い客車を従えて停車中。前夜上野を発った臨時急行「十和田」だ。この列車は松島6:40発で汽笛が聞こえた。
そこで列車に負けじとスピードアップ、成り行き的にED75-12系12両編成の急行列車と競争する形となった。動き出しこそこちらが先行したが、あっという間にモーター音が追い上げて来て、軽やかな客車のジョイント音と重苦しい発電エンジンの音が続く。青い客車が速度を上げながら先行してゆき、手近な踏切に辿り着く前にテールランプを見送ることとなった。
この臨時急行、夏休み期間はほぼ毎日運転で滞在中はこの列車に合わせてジョギングするのが日課になった。またその翌年もジョギングは続けたが、中学校に上がる頃には、帰省が毎年では無くなり滞在も短くなったためかいつの間にかやらなくなっていた。
しかしながら、ほぼ毎日のように臨時で夜行列車を運転するだけの需要があったことに今となっては驚く次第であった。
また、小学校の頃は鉄道写真に全く興味が無く散々眺めて競争したこの列車の記録が無いのは返す返すも残念に思うのであった。

先日の夜鉄 小田急線内を往くEF65PF

谷峨で撮影後は、新松田に寄ってから帰宅に変更して、国道246号を東上。深夜の国道はトラック街道でで恐ろしくハイペースで流れているので後方の大型車に追いつかれない程度のペースで走る。ハイペースはいいとして、トンネル内で大型車とのすれ違いの風圧には結構な思いはしたが、おかげで良い感じに新松田に到着。御殿場線から小田急線への転線に何とか間に合った。そんなわけで新松田駅に推進していくところを撮影。

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この日はここで打ち止めにして帰宅。翌日も仕事なので無理はききません。

夜遊びのつづき 御殿場線

小田急甲種を撮るため対向ホームのある山間の駅に行ってきました。誰かしら来てるかと思いきやこの夜は自分一人だけでした。背後頭上の高速道路の照明が幻想的です。

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次の日は仕事なのでこれで家に帰るつもりでしたが、欲が出て松田まで追跡することにしました。そちらの画像はまた別途紹介します。


昨夜の夜鉄 御殿場線で小田急甲種

夕方の部に行けなかったので夜の部に参戦。
とはいえ、夜中の山間の小駅はちょっと怖かった。けど、人が居たらもっと怖いかも。

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動画からの切り出しを補正。この場所、真横に国道、頭上に高速道路で動画には不向きかもしれません。

傷だらけのネガ掘り起こし 水カツ455系

詰め替えフィルムの末端部分に差し掛かっていることを知らずに撮影したら傷だらけの箇所でした。
水カツの編成だと、「あぶくま」か「もりおか」ですが、どの列車かは不明です。
1981年8月 松島-愛宕

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仕事先の納涼祭34年前の想い出

納涼祭自体は毎年の恒例行事であるが今年はコロナ禍ゆえに中止となってしまった。
そんなわけで昔話でも。仕事先で最も印象に残っているのは、配属早々の34年前の納涼祭。配属先は工場敷地内にあり広い構内の全体像をまだつかめていない時期であった。
8月のある日の夕方のこと、新人は納涼祭を手伝って来いとの指令が出て会場となっている奥の駐車場に行くと何とそこは東海道線の線路脇。
納涼祭は社員の慰労だけでなく、近隣住民の方との交流や日々の感謝を兼ねており、まだ日が高いうちからスタート。始まると手持ち無沙汰になり同僚と話をしていると、奥の線路を轟音とともに青い列車が通過。時間帯からすると、ブルトレトップバッターの「さくら」の通過だった。その後は、15分おきに「はやぶさ」、「みずほ」と通過するので半分位は線路に注意を向けて通過を見送る。
このあと1時間ほどは通勤ラッシュ優先タイムなので、線路ウオッチは小休止、通勤客満載の湘南色、スカ色の113系がひっきりなし通過して行く。
そして、日が沈む頃に第二幕開始で「富士」、「出雲1号」、「あさかぜ1号、3号」と相次いで通過、合間に20系が登場して驚いていると後に貨車が連なり「カートレイン」と判明。
しんがりは、薄暗くなった中を「瀬戸」が通過して行くとそろそろ納涼祭はお開き。
地元のちびっ子を招待しているので、早じまいなのであった。

こんな感じで東海道ブルトレの花道を横目に開催される納涼祭がとても気に入ったのだが、残念なことに翌年から駐車場の場所が変わり列車を眺めながらの納涼祭はこれが最後となってしまった。
しかも仕事が多忙になったこともあり、撮り鉄はしばらく封印状態となり、この恵まれた環境を活かせずにブルトレの衰退期を迎えたのは返す返すも残念であった。

小田急赤電の本線仕業、ようやく撮りました

動画からの切り出しです。
踏切の手すりにコンデジを置いて撮影。

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客車列車と貨物列車の並走

先日のELパレオエクスプレス乗車中、武川駅出発時にほぼ同時に動き出した貨物列車と並走しました。2年前にのっと気も同じ光景を見ているのでダイヤは変わっていなかったようです。


箱根登山鉄道

彫刻の森ー小涌谷

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「能登路」 乗り鉄で散々お世話になっていたのにほとんど画像がないキハ58,28の画像を探してみる(4)

北陸ワイド周遊券の効力を活かし、右側の「ひだ」に富山~金沢で乗車。到着後写真を撮っていたら左側に能登路が到着したの構図。能登路もこの旅行で乗ったのにこの1枚だけというやる気のなさ。
幼少の頃にのったDC特急時代の「ひばり」以来2度目のキハ82乗車がこの「ひだ」でしたが、2歳の時の記憶なんてないので実質的には初のキハ82でした。
と完全にタイトルと主役ががY区転してますが、この画像自体もついでの写真なのでご容赦ください。

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昔のアルバムから 急行むろね

大昔、後輩が作ったアルバムに魅せられて自分でも作ったことがありました。
大昔版フォトブックといったところですが、実態は印画紙に焼いた写真を手書きのキャプション付けて貼り付けただけの代物。
とはいえ、行方不明になったネガの画像もあるので、珍しく自分を褒めてやりたいかも。
※冷房の無い部屋でスキャナー使痛くないのでアルバムをコンデジで写してデータ化しました。お見苦しい点はご容赦ください。 

東北本線を突っ走る「たざわ、陸中、むろね」倂結列車。資料だと10両編成らしいがこの画像だと9両に見えるのは後ろかる2両目に乗ったのか?オール非冷房車のすげー列車が真夏の東北路を豪快に走る。

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切離し後、大船渡線内でタブレット交換風景。
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C62ニセコの映画でタブレットキャッチシーンを地上から撮った映像を見て以来このシーンは憧れの存在。当時は動画を撮る機材が無いのが惜しいところ。

おまけ画像は盛線のキハ26 400グリーン格下げの豪華仕様。これ見ると、盛線乗っているときは雨降りだったことが判明。記憶って曖昧なことが分かり、なんてこったい。

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湘南モノレール 湘南江の島駅から見下ろす江ノ電江ノ島駅踏切

駅の改装により、最上階に展望テラスが出来てました。

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ちょっとだけ接点の有った日産Y31セドリック グランツーリスモSV

この車が世に出てきたのは自分が社会人2年生か3年生の頃。ペーペー社員にはとても手の出る車では無かったが、高級車らしからぬ外観と高性能なエンジンに魅せられ、雑誌の記事を読み漁った。
しかしながら、その無縁な車に一度だけ携わる機会が有った。
当時は自動車関係の職場で仕事をしていた。経緯は省くが取引先のセドリックが自社にあり、上司から返却して来てほしいと指示を受けた。そこまでは高速道路を経由して40kmほどの道程。スーツに着替えて車に乗り込むが、年齢的に不釣合なので傍から見たら納車に向かう営業マンといったところだろう。
それはともかく、憧れの高級車を動かす喜びと緊張に溢れクルマを走らせた。
この車にはVG20DETというV6DOHCターボエンジンが搭載されているが、交通違反になったら洒落にならないので、いつも以上に慎重な運転を心掛けた。
そして、いよいよ高速道路に合流、料金所でチケットを受け取り、合流車線に入ると幸い前方が空いていたので、ここぞとばかり右足に力を入れるとV6エンジンは快音を奏でて一気に加速あっという間に合流可能な車速となったのであとは坦々と走らせて無事先方に到着。キーを相手先の部長さんに渡すと、にこやかに感想を聞かれ、どうやらこの部長さんのお取り計らいだったことが分かった。
この部長さんとは一緒に仕事をさせて頂いた時にお互いに車好きなことが分かり、とても可愛がって頂いたことが今でも心に残っている。
耳学問では、V6エンジンは直6に比べてあまり良い印象を持っていなかったが、この体験はそのイメージを払拭して余りあるものとなった。しかしながら、時代は変わりどうやら個人では多気筒エンジンとは無縁で終わりそうである。というか、次の愛車を買う頃には4気筒エンジンさえも手頃な価格であるかどうか怪しいご時世になるとは思わなかった。

久しぶりに江ノ電を見てきました

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境川の夕暮れ

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【キハ58,28番外編】東北キハ三昧の日の記録

先日、きたかみの記事を書いていたら当日の旅程を思い出しました。ということで記録してみました。
1981年7月下旬の朝、仙台からやってきた急行「たざわ1号・陸中1号・むろね1号」のむろね編成に乗車しました。行先は終点の盛まで。

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列車はオール非冷房編成のため窓は大きく開け放たれ、一ノ関までの東北本線内の豪快な走りを大いに体感しました。一ノ関ではむろね編成が切り離され、一方で早朝に盛を発ってきた「さかり」を連結するという複雑な作業を実行中。ちなみに「たざわ1号」は盛岡から田沢湖線で大曲に着くと、仙台を5分後に出発して小牛田、鳴子、新庄と辿って来た「千秋1号」と連結されるというダイヤでした。
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一ノ関を出ると山越えして海沿いの気仙沼に到達し、そこからは陸前高田や大船渡という海沿いの街を通り、終点の盛に到着。あの日見た美しい海の景色が30年後に震災と津波で一変してしまうことに当時は思いもよりませんでした。盛では、岩手開発鉄道等を見てから盛線に乗り終点の吉浜に下車、ここからはさらに高い所にある国道を目指して、釜石行のバスに乗り継ぎました。釜石に着く頃には雨模様になってましたが、新日鉄の構内軌道を見に行きました。この軌道は公道を横切る箇所があることが地図で分かったので現地に行った次第。公道からは工場の中が垣間見え機関車は無人でリモコン操作で動いているという説明を同行の友人にレクチャーされていると銑鉄の熱で陽炎揺らめく貨車を入れ換えする様子が見えました。

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気仙沼からは急行「陸中4号」に乗り、雨に煙る陸中大橋駅のハーフループを眺めたりしているうちに日が暮れなずみ、花巻では「たざわ4号」と連結。その一方で釜石行の「はやちね5号」切り離し作業中。次の北上で下車しました。
待ち時間10分ほどで「きたかみ5号」が到着、真っ暗な中を北上線を通り大曲で下車しました。

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こうして、朝からのDC急行三昧の旅は終了…したかのように思えるが、大曲では小休止の後に急行「おが4号」が今宵の宿となるのでありました。しかし、冷房の効いた14系座席車は天国のような世界に感じられました。

東北地方を縦横無尽に走り回る気動車急行、そして一ノ関や花巻などの拠点駅では連結、切離しを繰り返すという昭和の鉄道輸送を堪能した一日でした。

(終わり)

「きたかみ・陸中」 乗り鉄で散々お世話になっていたのにほとんど画像がないキハ58,28の画像を探してみる(3)

1982年11月、仙台駅で撮ったこの画像は、一緒に撮った表示器が役に立ちました。

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非冷房車の多かった東北DC急行で冷房化率が高かったのは「きたかみ」ですのでこの写っている先頭車は「きたかみ3号」の方だと推定されます。しかし、作業が終わるのを待てなかったのですかねえ?>自分。もうちょいと辛抱すればいいものを・・・。

この2つの列車ですが、釜石~北上で「陸中4号」に乗り、乗り換えた列車が「きたかみ5号」で北上~大曲と乗り継いだ記憶があります。その日の午前中は「むろね1号」に乗っているので1日中キハ三昧の日でした。

仕事帰り

ELパレオエクスプレス、熊谷到着後の回送列車。

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今日は、乗り鉄

撮りとの両立は諦めて乗りに徹してます。

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気分は往年の臨時急行ですかね。
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西武ラビュー

初乗りです。

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外観は突飛かもしれませんが、内装は素敵です。

押し桃最新機 EF210-319をやっと撮影

実は月曜日にも上り列車で来たのですが、旅客列車と仲良くやって来たために「姿」すら見ることもできず、初撮影となりました。

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1/640secで遠方に居るのを撮って、一気にシャッター速度ダウンして手前で流し撮りのはずが1/200secまでしか落とせず殆ど流れていません。押し桃はまだ増備されるようなので、きれいな姿をもっと拝めそうです。