続キンゴローの部屋
お気楽鉄道ファンのブログです。
【画像修正】1985年3月の南東北旅行-5
米沢からの客車鈍行は意図があって最後尾の車両に乗り込んだ。カーブに差し掛かると先頭はEF71かED78の重連が見えた。旧型客車での峠越えは自分にとってはこの日が最後の経験となった。
最後尾を選んだのはスイッチバックを見るため(峠駅?)
カーブに差し掛かり前方の様子を撮影
赤岩駅はスノーシェッドが無い。
途中の峠駅か板谷駅では保線作業帰りの方が乗りこみ、自分がX録音していることに気づくと列車無線が聞こえやすい様に向きを変えてくれた。そういったエピソードもあって、約1時間の峠越えを目いっぱい堪能して福島に到着。
福島では福島交通に少しだけ乗って曾根田駅に寄り道。この後は福島に戻り、第五走者、東北本線535レに乗り仙台を目指した。
(つづく)
1985年3月の南東北の旅-4
どちらかというと次の第四走者の方がこの日は本命。428レ普通列車福島行を待つ。今通ってきたばかりの峠道を旧型客車で戻るのだ。
(つづく)
【画像修正】1985年3月の南東北旅行-3
黒磯駅では跨線橋を渡り4番線に待機する127レの機関車(ED75 28)次位のオハフ33 2259に席を占める。これから県境越えする車中は人影がなく静かな録音が出来そうで喜んだのもつかの間、動き出して10秒ほどでこの客車の車輪にフラットがあることが判明し奈落の底へ。というわけで、二駅先の黒田原で別の車両(オハフ33 2431)に引越。しかしながら、この車両も白河からは行楽客が乗りこんで賑やかになって来たのでさらに別の車両に引越。小刻みに録音を続けた。
そんなこんなで郡山に到着、乗客の大半は下車し、列車が20分ほど?の小休止(ダイヤうろ覚えの為、正確な時間は不明)。
ここで客車の外観を数枚スナップした。
どの車両化は失念したが、車中の様子
これが問題のオハフ33 2259
郡山停車中には455系快速「ばんだい」、上りの455系急行「まつしま・ざおう」にも対面し退屈する間もない時間を過ごした。その後は再び動き出した127レに乗り続け、構内に佇む715を見ながら福島に到着。ここからは第三走者の急行「ざおう1号」に乗り換える。
(つづく)
1985年3月南東北の旅-2
話を上野駅に戻し、黒磯行「なすの3号」に乗車。本来であればグリーン車を連結した165系編成だが、ダイヤ改正直前のためグリーン車は外されていた。停車駅は赤羽、大宮、久喜、古河、小山、石橋、宇都宮、矢板、西那須野、黒磯。行楽客らしき乗客を乗せたなすのは快調にひた走り宇都宮で7分ほど小休止の後に、歩を進め黒磯に到着。中央線で乗り慣れた165系とは違い、東北本線を高速で走る姿に新しい魅力を感じた。しかしながらその姿もあと数日で見納めとなってしまった。
黒磯からは第二走者の127レに乗り換え。こちらはED75に牽かれた旧型客車編成だ。
(続く)