勘違い

先日、車を運転中に東海道線の屋根部分だけチラ見えする箇所を通ったらこんな屋根にお目に掛かりました。

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で、思わず24系を思い浮かべました。そんなわけはなくて実際はこちら。

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まあ、せいぜい間違えるなら、E26系の方が現実的だよな。

この写真は駅での撮影です。運転中は撮れないので説明用に別に撮影。
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西湘地区、今夏の日常

さて、来年はどうでしょう。

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箱根登山鉄道

今週は静かな沿線界隈です。

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EF65 2101

静岡で大雨のために大幅に遅延してきたEF65を撮影しました。

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福塩線から出張してきた105系

この車両が山陽本線の岡山まで来てるとは知りませんでした。103系を1M方式にしたようなシステムなので、103系の高速運転と同じようなサウンドが楽しめそうです。山陽本線ならば速度も期待できることでしょう。

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岡山

なかなか豪華な九州新幹線

先週、四国の帰途は接続の関係で岡山から「みずほ」に乗車。その中身は

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普通車指定席でも4列座席、しかも良さげなシート。飛行機との競争が激しいこともあるのでしょうけどまた乗りたい列車です。

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高松で見掛けた車両たち

もうすっかり連絡船の出ていた駅の印象が薄れてました。名残は連絡船うどん店ぐらいか。

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アンパンマンエクスプレス

高松で遭遇。

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瀬戸大橋

久し振りに通りました。男の子としてはスケールの大きい構造物はやはり萌えますね。

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16号車

今乗っている東京行きの東海道新幹線では先頭車。高速運転中は風切り音が聞こえて来て妙に高揚感があります。
人によってはうるさいと感じるのでしょうけど、私は好きです。

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岡山で旧知の車両に遇った

今日の四国出張は日帰り、往復1400kmの旅はまだ続く。
さて、帰りの岡山で黄色い115系に遭遇。

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ナンバーを見ると

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これって三鷹区に居たスカ色の懐かしいヤツだ。今でも元気に活躍する姿にエールをおくりました。

岡山で

さすが国鉄型の宝庫、乗り換え時間にあれこれ見かけて萌えてしまいました。
これから四国に上陸します。

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寝台特急「紀伊」で座席車乗車体験-2

何か切符を買った時点で7割くらい達成した感があるが本題はこれから。
結局指定席は亀山~横浜で購入、理由はギリギリ400km以下で料金が押さえられるからだったようだ。あと、周遊券を回収されないように途中下車して温存したかったのか。この当時だと、記念に欲しいと言っても聞き入れられるかはその時の運次第だし。恐るべき国鉄職員。
とにかく、乗車日は夜遅く亀山駅にやって来たものの、まだ間があるため、普通列車で柘植往復をした。夜更けの駅にいて酔っ払いに絡まれるのも嫌だったし、柘植の行きか帰りにスイッチバックの中在家信号場に寄るらしいことがわかったから。
夜遅くの柘植益は静まり返っていて、少し高め離れた名阪国道を走る車の音だけが聞こえる世界、だったような。
中在家信号場は予想通り列車交換があり、真っ暗とはいえスイッチバックを堪能し、また亀山駅に戻ってきた。
そして、いよいよ「紀伊」の到着時刻が近づき確かに両端に座席車を連結した編成を目撃し列車に乗り込む。寝台主体の列車ゆえに突発的に現れた座席車に乗り込む人は少なく、車内は空いていた、と思った。
待望の列車なのに旅行疲れから発車前に寝落ち、次に気付いたのは名古屋に止まっているところ、機関車交換を振動で感じて、ゆるゆると引き出され東京側で一旦停車。今度はゆらゆらと押されながら出雲編成の前側に連結されたはずだがこの辺は夢見心地。
ひとつだけ印象的なのは推進運転がとても身長な感じたったこと。事故から日も浅い時期なので機関士さんも誘導係の人もさぞや緊張したのではないかと思う。
このあとは完全に夢の中、ネゴコチノ悪い14系の座席ど爆睡し起きたのは横浜直前。眠い目をこすりつつ、列車を見送り横浜線で帰宅した。
思い返せは、このまま上野駅に行けば余命僅かな東北、上越夜行を撮れたのに完全に失念したのは残念なことであった。
おわり

寝台特急「紀伊」で座席車乗車体験-1

時は1982年3月、ちょうど紀伊半島を旅行中だった私はとある駅での掲示に着目していた。なんと、寝台専用列車である「紀伊」号に座席車が連結されるらしい。当時は高校生ゆえに、旅行からの帰宅のルートを費用面で考えあぐねていた。持っていたのは南近畿ワイド周遊券なので、候補は、東海道線普通乗り継ぎ、逆大垣夜行、臨時急行「銀河52号」といったところ。東海道線乗り継ぎは往路でやってるので脚下、逆大垣夜行も東京着が早朝なので、と悩んでいる時に新たな候補が出て来たのだ。
ここで、1982年3月、特急紀伊、と聞いてピンと来た人はお察しが良い。寝台専用列車である紀伊に座席車が連結される経緯は、名古屋駅でのとある事故が原因だ。深夜の機関車交換でディーゼル機関車が連結の際に客車に突っ込んだ事故。原因は機関士の飲酒運転で、国鉄内がいろいろ荒れていた時期の出来事だった。
激突された客車は大破し隣の車両にも損傷が発生、おそらく編成全体に何らかの被害は生じているだろうし、証拠品としての、差し押さえもあるだろうから、車両不足は必至で車両基地では予備車を調達してなんとか1編成を仕立てたと思われる。電源を積んだスハネフ14は足りない様で、両端をスハフ14にした編成を調達したようだ。
設備は臨時銀河と同じ、料金は少し高めであるが、この頃突発事態に当然ながら飛び付いた私は関西本線のとある駅で指定席を購入したのだった。
余談であるが、この事故の起きた夕方は旅行初日で、夕方に名古屋駅にいた。流石に半日過ぎて復旧は進んでいると思いきや、大破したの車両は置かれたままで操重車が唸りを上げて、破片を片付けている状況だった。現場となったホームは閉鎖されていたが、両隣のホームはロープが張ってあるだけで作業は見放題、列車を待つ通勤客があれこれ評定している様子が記憶に残っている。
(続く)

信州に行って「カシオペア紀行」を撮ってきました

前夜の上諏訪駅徒歩圏の宿を押さえられたおかげで、夕食後の車の運転が不要となり、「あ~これで、禁酒せずに夜の部に参戦できる」と思いきや、夕食時にネットをチェックしたら当の列車は日野で抑止中との報。
あ、これではだめだわ、ってことでアルコールを追加して前夜はふて寝。
翌朝は早起き~撮影~とんぼ返り~朝食と朝からひと働きしてきました。

↓は近づいてくるのを我慢しきれず遠方で1枚の図、機関車後方が架線柱に掛かり連写でもう1コマ撮ればいいのに!的な出来栄え。この後、ワイド側にズームしてあちゃ~な構図にしてしまうというありがちな結果に。
まあ、1枚当たりの単価を下げようと欲張る自分がいけないわけで。

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聖高原-冠着

箕輪町郷土博物館でED19 1

展示を見てきました。

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EF64+旧型客車 トホホな写真

高尾駅で写真を撮っていたら背後から音がして振り返っ慌てて撮りました。ゆえにこんなひどい写りですが、今となっては撮り直しきかないし・・・。

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1979年頃

スーパービュー踊り子

EF66 27 の直前にやって来ました。バブルの頃にデビューした特急もそろそろ引退とは寂しいですね。

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7/8病院診察待ちにEF66 27

80分待ちだったのでネット情報見てちょっとだけ外出。

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珍しくラッキーな案件でした。三日前には駅に入ったとたんに目の前を通過されたので、挽回できました。

伊豆クレイル号

まだまだ注目を浴びて存在感あります。

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大阪駅で特急はまかぜ

こうやってみるとキハ181やキハ82のイメージを踏襲しているようですね。

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平塚七夕まつり

今年も開幕しました。一番凝っているのは人形が回るこの飾りかな。

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札幌黒ラベル 北海道デザイン缶

こんなの出てたらつい買っちゃうじゃん。NEWDAYSで購入。

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ハローキティはるか

新幹線バージョンは時間の都合で会えなかったのですが、はるかの方はちゃんとみてきました。

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新大阪

数分前に来た関空行きはラッピングなしでしたので確率50%ですね。

おおさか東線

新大阪にて。午前中に新大阪-鴫野だけ乗ってきました。時間的にこれが限界だぅたので。

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生涯一度だけの体験?新幹線ワープで寝台特急追っかけ

東海道、山陽本線や東北本線の夜行列車に万が一乗り遅れたら、新幹線を使って追いつくことができる。頭の中では分かっていることだが、まさかこれを自分がやることになろうとは。

時は1995年夏、北海道を走るC62ニセコ号の最後の夏景色を見届けるため、友達と北海道に行く計画をたてた。第一ランナーに選んだのは臨時列車になってしまった583系はくつる81号で上野21:45発、仕事を定時に上がって家でシャワーを浴びてからでも余裕でたどり着ける時刻であった・・・はずが、何かの理由で残業が入り、時間がかなりタイトになってしまった。案の定、タッチの差で最寄り駅からの横須賀線電車に乗り遅れ、どう足掻いても上野駅には間に合わないことが判明。しかも、悪いことは重なるもので、昼間に銀行に行きそびれ財布の残金はわずか、周遊券どころか札幌迄の片道分さえも買えない。(当時は駅で使えるクレカは限定的だったと思う)
幸いに横須賀線のダイヤは順調で、快調に唸る113系のモーター音を聞きながら、時刻表で作戦をたてた。
ひとつ気がかりなのは、友達との行き違い。もしも、彼が上野駅で乗るのをやめてしまうと目も当てられないことになる。流石に上野に寄ってから新幹線追い掛けは時間的に厳しそうだった。この当時、携帯電話は二人とも持っていない。一計を案じた私は品川駅で一旦降りて駅員さんに事情を話してはくつる号の車掌さんに伝言して貰うように頼んだ。品川駅の駅員さんは快く引き受けてくれて、お陰さまで安心して電車に乗り込んだ。東京駅に着くとまずは駅近くのATMで旅行資金を卸して、みどりの窓口でようやく北海道ワイド周遊券を購入、東北新幹線に乗り込んだ。
淡々とした時間を過ごし、宇都宮で在来線ホームに向かい待つことしばし、上野方から特徴ある3灯のライトが近づいて来た。この瞬間、今までの緊張が解けてようやく旅立ちの旅情を感じることができたのだった。このときほど583系が頼もしくかっこよく見えたことはなかった。もちろん友達へのお詫びのビールは調達済み。
車中に乗り込むと、車掌さんににこやかに「あなたでしたか。」と迎えられ「お手数をお掛けしました。」とお礼をして自席へ。ようやく友達と合流した。何でも車内放送でこの事が伝えられた時はまわりの乗客の反応が凄かったらしい。まー普通は追っかけなんて考えず諦めるかな。
そんなわけで、乗車時間が短くなったものの、583系はくつる号の熱い走りはこれから先が本領発揮、往年の俊足ダイヤを堪能しつつ波乱の北海道旅行一日目は間もなく終わろうとしていたのであった。