大宮で目撃 武蔵野線配給列車

さいたま市で仕事の用事が有り、帰途に大宮駅に行くと出場間近のE233系が入れ換え中。

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すると、彼方に赤い機関車登場。

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急いで行くと、こんな感じでした。

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N700系「修学旅行」表示

朝の小田原で目撃しました。自負たちの時は0系でこだまスジで行ったことを思い出しました。

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東武350系 現役キノコ型クーラー

今日は仕事の帰りに浅草方面に寄り道してきました。お目当てはこの車両。

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理由はこの屋根上の機器

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トワイライトエクスプレスの食堂車が消えてキノコ型クーラーは引退と思い込んでいたので、これは嬉しい誤算でした。
あれこれ言われる350系ですが、この古きよき時代の生き証人として永く活躍して欲しいものです。

今日の帰宅の友

八重洲のJR東海系のキオスク行ったら見慣れないビールが有ったのでついつい仕入れました。

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どことなく懐かしい185系の戸袋窓席

昨夜乗ったライナーでちょうどこの箇所が空いていたので座ったら昔のことを思い出しました。

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家族旅行の帰途に郡山から急行列車(まつしまか、ばんだいでした)に乗ったら混雑しておりましたが、1ヶ所だけ空席があるとのことで割り当てられたのが、戸袋窓横の座席。おそらく車掌さん手持ちの調整席が空いていたのでしょう。座れたのは有り難かったけど、どことなく窮屈な感じでガラスが二枚有るために視界もよくなくて、子供心にあまり居心地の良くなかった印象が残っています。
185系の場合は座席のサイズに変わりは無いのですが、視界のよくない窓に昔日を思い出しました。

箱根路でも紫陽花が咲き始めたようで

平野部では紫陽花がだいぶ咲いていたので入生田の先まで様子を見に行きました。

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結果はこんな感じでした。
箱根登山鉄道 箱根湯本-入生田

189系によるY159記念列車

土曜日のY159記念列車、あさまカラーの189系がこちらに来ることは滅多にないことなのでもうちょっと気合が入ってもよさそうなものですが、この日は朝から用事を含めもりだくさんでばて気味。おまけに現着して望遠レンズに付け替えようとしたら、家に忘れてきたことが判明して一気にやる気なし状態・・・。
それでも、通過時刻が踊り子107号と接近しているので被りを警戒してNETで両列車の居場所をチェック、どうやら踊り子の方が2,3分先行している様なので一安心。まずは、先行の踊り子が通過して間もなく189系が姿を現しました。

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※トリミング済み
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振り返ったら、普通電車がやって来ていてびっくり!あと、30秒~1分ぐらいずれていたらアウトだったかも。JR東日本アプリで列車位置をチェックしていたのに、なぜかこの普電はノーチェックでした。
ところで、ここ数年のY***は引退前興行の様相を呈しているので1年先のこの編成の行く末が案じられます。

渋谷駅工事のため大崎止まりの湘南新宿ライン

まあ記録程度です。

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Y159記念列車

望遠レンズを忘れたことに気付いた時点で一気にやる気ダウンしました。まあコンデジ使えばリカバリーできるわけですが。

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このあと手前に来た列車を撮って後部撮影のため振り返ったら上りが来てました。あと1分早く来たらアウトでした。

通院前の二枚

下りが通過して

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3分後に上りが通過

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ということは、ここから2km位先ですれ違ったということかあ。

富水ー蛍田

天空を映す水鏡

小田急線 栢山ー富水

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藤沢でLSEのホームウェイ

ちょうど帰宅時間と近かったので見てきました。

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時間的に185系との並びを期待したのですがタイミング合いませんでした。

1990年東北一周の旅 三日目-1

旅行もいよいよ最終日。この日は撮影メインの予定でホテルを出発。
ここで、本題に入る前に鰺ヶ沢?でみた駅犬の写真を忘れていたので紹介。

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さて、行程の方はam8:30頃の上り「はつかり」で八戸まで移動。当時は583系の定期運用もあったが、残念ながら?485系の運用。そんなわけで画像の記録も残しておらず。約1時間の乗車で到着し、今度は盛岡行きの普通列車に乗り換え。ED75+50系と思ったら流れ星仕様のEF81登場。おそらく、「北斗星」の間合い運用のはず。

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八戸
記憶が正しければ6両の客車を連ねた編成だったはず。時刻は0時近いので回送を兼ねた運用だろうか?大層空いている列車を軽々と引っ張り高速で駆けるのはさすが東北本線と言うべきか?結構快適な客車列車の旅も奥中山まで。ここで降りたのは東北本線の列車撮影が目的である。というものの、当地は二度目の訪問なので以前に先輩に連れていって貰った吉谷地に向かった。
続く

藤沢駅、雨の夜のロマンスカー

雨垂れが凄いのには閉口しましたが、車体が艶やかに光るのは雨天ならではの景色ですね。

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代々木八幡を通過するロマンスカー

昨日はちょうどこの近くに居たので。とはいえ、LSE代走があったから来たようなものですが。

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神田でE257系回送列車

ライナーには早いと思ったら東京発のあずさの送り込みでした。

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神田ー東京

買い物帰りにLSE

昨日、買い物の帰途に小田急線の踏切近くに差し掛かると、LSE充当列車通過の数分前だったので、ちょいと進路変更。線路に近づいていくと、思ったよりも早く踏切が鳴りだして、フラット音の混じった走行音が聞こえてきてちょっと嫌な予感。現れたのはやはりお目当ての列車でしたので慌ててカメラを構えました。

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水田に姿も写らず、かろうじて富士山と一緒に写した感じでした。

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本当は、あと50mぐらい前方まで行きたかったのですが、撮りたかった右方の水田はさざめいているので、結果的にはどうだったのでしょう?ところで、この両側を水田に挟まれたこの道、今の時期は湖を突っ切るような感じの印象でした。


御殿場線 夕日に輝く185系

先週の修学旅行臨の未紹介画像です。下曽我での長時間停車の合間に先回りをした場所は、「農協踏切」でした。ただし、ここから下曽我側は超望遠でないと厳しく、撮影画像をあとからトリミング(本当はカメラ設定でクロップして見かけ上450mm換算にするはずが設定をミスりました。右側の木に露出を引っ張られて右側ライトが飛んで車体と同化してしまいました。

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振り返ると夕陽に輝いていたのでもう一枚。

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次に出会えるチャンスはおよそ1年先ですね。
御殿場線 下曽我-上大井



今日の水鏡は・・・

そろそろ、地元周辺では水田に水が張り始めたようなので、ちょっと近所に行ってきました。とはいうものの、農繁期は車だと何かと不便なので自転車でひとっ走り、ダートが多いので久しぶりのマウンテンバイクの出動です。
しかし現着してみると、それなりに風が吹いていて水面はさざめいている状態。あちらこちらに移動して、風が弱そうな場所に来てみると、息をつく間もなくお目当てがやって来てしまいました。

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水面が静まったのは良いのですが、ちょっと線路に寄り過ぎました~。Orz
本当はこれぐらい離れて撮るべきでしたが、まあこんなもんです。

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185系の銘板

昭和56年というと踊り子運転開始の時ですね。モハ185-19車内にて。

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LSEを踏切待ち

先週のことですが、小田急線に沿う道を車で移動中のこと。間もなくLSEの通過時刻だと思ったら少し先の踏切が鳴り出したので左折して踏切待ち。前側は間に合わず、走り去る姿を納めました。

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蛍田ー足柄

軽快な連接車の走行音と盛大なフラット音を響かせながら通過しました。フラットがそのままなのは終焉が近いためなのか?ちょっと気になりました。

GSEから眺めるLSE

だいぶ前の出来事ですが、相模大野で休車中の編成を見掛けました。シートの柄を何とか入れてGSEと分かるように撮りました。

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これではまるで涙雨ですね。

東海道線で集約臨

毎年の恒例行事ですが、日光への修学旅行列車が運転されています。小田原から日光までは四時間位掛かるようでなかなか乗り甲斐のある列車のようです。

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戸塚

久方ぶりに福山通運列車を

連休とかあって自分が見るのはかなりひさしぶりです。

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大船

こうやってみると、同じように見えるコンテナにもバリエーションがあるのですね。
余談ですが、このコンテナを見るとついついお腹をさすってしまうのは私だけでしょうか。

御殿場線185系修学旅行臨

何度も同じ話題で恐縮ですが。
ダイヤの都合で下曽我に長時間停車中。夕日が当たり良い感じ。

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その先、下曽我ー上大井の踏切からの後ろ姿。

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山北到着後の様子。線路脇の公園から手を伸ばしてフェンス越しに記録。

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かつて、東京駅から御殿場駅まで「ごてんば」という急行が走っていました。存続していたら特急化されて185系でこんな形で走っていたのだろうかと、
少しだけ妄想してました。

富士山に見送られ塒に帰る185系

昨夕は、御殿場線沿線の小学生の帰りの行程で修学旅行列車が運転されました。山北で仕事を終えた185家編成は夕暮れの富士山に労われながら帰途に就きました。

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東山北-松田

1990年東北一周の旅 二日目-2

五所川原に来たのは約9年ぶり、前回は五能線列車の長時間停車を利用して津軽鉄道は見ただけであったが、今回は乗れる。ただし、前回見たのはラッシュ時ゆえに客車編成だが、今回は昼下がりなので単行気動車「風鈴列車」とのことで車内にはたくさんの風鈴が下げられていて涼しげな音色を奏でていた。が・・・、その様子の記録はないく相変わらず詰めが甘い。

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なーんと、残念なことにこれが津軽鉄道の記録全てである。終点まで行っているのに全く記録がないとか・・・。
とにかく列車に乗りこみ、まずは金木で途中下車。太宰治ゆかりの斜陽館まで行ったものの何となく入りそびれてそのまま隣駅の芦野公園駅まで歩いて列車に乗り終点の津軽中里まで向かった。その津軽中里では、十三湖とか小泊に向かうバスが魅力的に見えたのだが、あとの行程が立てられなくて断念。今だったら、スマトフォンでちゃっちゃと調べて行動を起こしたに違いないが、当時の自分はどちらかというと行動力のない奴だったのであっさり諦めていた。
その代り、日本海は見たくなったので、五所川原まで戻ってからは東能代に向かう列車に乗りこんで鰺ヶ沢を目指していた。列車はなんと珍しく客車列車(ノスタルジックビュートレイン)。但し、乗車30分程度では指定席を取るまでもないなと思って色を塗り替えただけの50系内で過ごした。鰺ヶ沢では停車時間があるので駅の前方にある陸橋に先回りして列車を撮影した。ただし、慌てたのか手振れしているような感じ。

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鰺ヶ沢-陸奥赤石

その後は、海岸沿いの公園に行って海を眺めるも写真は撮らず、駅に居たワンコだけ撮影の謎の行動を経て、五能線で川部、奥羽本線で青森に出て駅近くのビジネスホテルに投宿。
青森では郷土料理でもと思って街を歩くが、またまた入りそびれて街角の中華料理店へ。ここでラーメン+チャーハンのセットを頂くが、さすが地元の人で賑わっているだけあって結構おいしく頂けた。このお店、もう一度行ってみたいけど、詳しい場所すら思い出せない・・・。
そうやって二日目の夜は更けていった。

(つづく)


1990年東北一周の旅 二日目-1

秋田行きの夜行バス乗車の為、仙台駅東口の待合室で待っていると徐々にお客が集まりはじめ、バス会社の人が登場、この方から切符を購入してバスに乗りんだ。確かバスはJRバスの担当便だったので国鉄バスから継承した塗色だったと思うのだが記憶からは忘却、写真の記録も無し。夜の仙台市内を抜け東北道に乗ったぐらいまでは覚えているが、その後は高速道路の継ぎ目での振動がやけに大きかったという記憶ぐらいしか残っておらず、振動がどうのこうの言っている割にはそれなりに眠れたようだ。ところで、時はバブルの真っただ中で、物流の動脈東北道ゆえに道路の痛みが激しかったのだろうか?そして、早朝の秋田駅に到着。いそいそと駅の改札口を通りカメラを構える。お目当ては、この寝台列車。

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秋田駅で「あけぼの」 (再掲?)

そう、第一候補に挙げていた「あけぼの」だ。「あけぼの」を見送ると男鹿線の列車に乗りこんだ。記憶はあいまいであるが、キハ40だったかと。本当はこの1本あとの列車がDD51+50系のはずだが、あとのスケジュールとの関係で泣く泣くDC列車での男鹿線踏破と相成った。もし、男鹿線客車列車の数年先の命運を知っていたら、行動を変えていたかもしれないが、当時はそんなことは知る由もなかった。そもそも男鹿線に乗るならば、何年か前まで走っていた夜行「おが」の末端区間の快速運転で乗っておくべきで、14系座席車や20系編成が使われた上に、割と短時間で折り返す運行だったので片道は乗車して片道は撮影ということもできたはずなのだが、まあ後の祭りである。
その気動車列車は、男鹿線内で上りの客車列車とすれ違う(こちらは男鹿に前泊しないと乗れない)ので車内からスナップだけはしておいたようだ。

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船越? (再掲?)

終点のおがでは貨物牽引機として待機するDD51を遠目に見たので撮っておいた。

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男鹿駅遠望

再び気動車列車に乗り秋田に戻る。この日は日曜日だが、一駅ごとに客が乗りこんできてなかなかの盛況であった。秋田からは、寝台特急「日本海」で弘前を目指す。特急自由席乗り放題のフリー切符でも寝台特急の立席特急券は別に必要なので秋田駅で購入。
なぜか、「日本海」の写真は記録せず。あと目撃場所は失念したが、急行「津軽」をどこかの駅で目撃(上りの男鹿線列車乗車中か?)したので、ここに掲載しておく。

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撮影場所失念 (再掲?)

「日本海」を選んだ理由は、どちらかというと寝不足解消が目的だったようで、空いた区画を見つけて弘前までの約2時間を快適な居眠りで過ごした。弘前で降りた理由は津軽鉄道訪問のため。まずは、五所川原に行くため五能線の列車に乗りこんだ。

                                                            (つづく)




クハ185の運転席

非貫通型なので広いです。

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修学旅行臨 御殿場線編

今年の往路の運行は今日と明日だけ、曜日も天気も撮るのに不向きですが、何とか撮りました。

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上大井-下曽我