11/19-20品川駅線路切替工事

案内のチラシが置かれてました。

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【訂正】今朝の富士山

すみません。スマートフォンで投稿したら写真が逆でした。

週末に降ったのか、白いものが増えました。少し雲っていてうっすらしてますが。

こちらが26日の様子。

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こちらが本日です。

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東海道線国府津付近

【動画】酒匂川を渡るLSE

写真を撮る傍ら、コンデジもセットして動画も撮りました。ただ、正面がちに撮ったためにジョイント音が重なって連接者の特徴があまり出てないような感じです。

開成-新松田

磐越西線 猪苗代駅に進入するC57 180

2002年6月、郡山行きを猪苗代駅で撮影。ここで暫く停まるので、交換でやってくる「ビバあいづ」も撮影してから、跨線橋を足早に渡ってこの列車に乗りこみました。

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今はどうか分かりませんが、駅近くまで田畑に囲まれておりました。

2002/6 磐越西線 猪苗代(-翁島)

京急1000形 甲種輸送

昨日の移動中に相模貨物駅停車中を見掛けました。平塚で後続に乗り換えれば撮れることが分かったので待機。

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EF66 100番台の牽引でした。
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側面だけ見ると鋼製車と見間違えそう。カラーテープの貼り方を最近変えたそうです。
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ここを見ればステンレス車と分かりますね。

雨降りの夜

なんとなく185 系の湘南ライナーを流してみた。

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あらら

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外は激しい雨

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運転台にも雨滴

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回送列車として待機中

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引き上げ

特等席?

地元駅のベックスコーヒーに寄ったら奥のカウンター席が空いていたので座って外を見るとこんな感じでした。

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小田急線と東海道線上り線が眼下に。

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ちょうど来た貨物列車も。

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改装前はここに席はなかったように思いましたが、配置が変わったのですね。
週末は観光客で賑わうので。ウイークデーが狙い目でしょうか。

EF81北斗星間合い運用 東北本線普通列車

仙台支社臨客運転に際して、EF81+12系の写真を探しましたが見つけられませんでした。
考えてみると定期列車でEF81+12系がみられたのは、
急行「きたぐに」 富山~新潟(10系寝台車付き)、新潟~秋田
急行「十和田5号・2号」→のちに1往復化で「十和田」 上野~水戸?平?
位しか知りません。
あとはEF81 300番台-12系+20系の急行「さんべ5号・6号」あたりでしょうか。

臨時列車で乗ったエキスポライナー(大宮~万博中央)がこの組み合わせでしたが、全体的な写真は撮っておりませんでした。
その様なわけで、東北本線(御堂-奥中山)で1990年7月頃に撮ったEF81+50系の普通列車を掲載します。

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(再掲?)トリミングしまくってます。

盛岡~青森は12系の普通列車もあったので、もしかするとEF81+12系が走っていたかもしれませんが、手元の画像にはありませんでした。

磐越西線 C57180と455系快速の出会い

郡山まで月1回ぐらいの頻度で足を延ばしていた時期の写真です。

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沼上信号所

こうやって時々郡山まで走らせてほしいと思います。


仙台支社懐かしの急行列車考察

本日は大勢は方に訪問頂いたようで驚きました。また、ご訪問のお礼申し上げます。弊方はこのニュースを鉄道ホビダスで知りました。

発表では仙台発6:58上野着が11:52とあるので、札幌発のカシオペア紀行のダイヤを使うようです。
前記事で八甲田の時刻に近いと書きましたが、そのダイヤは青森0:02発で上野着が11時過ぎなのでちょっと違うようです。ところで、この仙台発の時刻は往年のひばり4号と同じですね。但し、上野着では40分ほど差をつけられてしまいますが、客車列車でこの運転時間はなかなか健闘しているのでは無いでしょうか?参考までに455系急行まつしま号は約5時間で走っていました。停車駅の数が違いますが、おそらく良い走りを見せてくれることでしょう。

機関車は、ED75とEF65の方がそれらしいですが、おそらく黒磯での機関車付け替えが今となっては難しいのだろうと考えます。

とにかく、乗るにしても撮るにしても楽しみな列車になりそうです。

12/3は仙台発で懐かしの急行列車運転

発表によるとEF81+12系とのことです。
時間帯からすると、八甲田号の仙台~上野の時刻に近い感じでしょうか。

詳細はJR東日本の仙台支社のページに掲載されています。

EF66 30をアップにしてみる

移動の途中でコンデジ使って参戦。たまには趣向を変えてみました。

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種明かしすると遠方で撮影後レンズの画角を変えずに接近してきたところも撮りました。ちょっと半端な感じになりました。普段ならばズームを広角側にして手前で撮るのですがピントが追い付かないことが多いのでこんな撮り方をしてみました。

大船駅の柱にはこんな掲示かありました。はやぶさ・富士の廃止から早くも7年が経過しました。

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0系新幹線 東海道から撤退直前の頃

記憶ではこの装飾を付けて1か月ぐらい走っていたように思います。そんなわけで、ギスギスした感じもなくまったりと撮っていたような印象でした。

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1999年8月 東京


【昨夜】ファミマで札幌クラシックゲット

北海道フェアが終盤だったようで350ml最後の一本を買いました。

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500は数本あったようです。

【訂正】特急「みちのく」忘れられない出来事

【訂正】文中に通信筒の記載が抜けていたので追記しました。
前にどこかで書いたかもしれませんが、この列車に関しては印象深い出来事がありました。時は1974年の夏休み、妹と二人で母方の実家で過ごし、従兄が東京まで送ってくれることになりました(両親は都合で来れなかったらしい)。最寄りの東北本線松島駅で従兄が切符を買っている間、ちょうど上り「みちのく」の通過時刻だったので改札口からホームの方を見ておりました。
カーブした松島駅ホームに583系が姿を現しましたが、心なしか速度を落としているように見えました。

何気なく見ていると、車掌室の窓が開いていて専務車掌さんが顔を出しておりました。通過を見送る駅員さんの近くに差し掛かると、車掌さんは「車内に急病人発生、仙台駅に救急車をお願いします。」というようなことを言って何かを放ってよこしました。(のちに知ったのですが、【通信筒】という連絡手段だそうで手紙などを入れて駅員に投げ渡すそうです。)
当時は子供ながらに、ドラマか何かで見たシーンを思い浮かべました。おそらく、車中では「お客様にお医者様か看護師さんは居ませんか?」と呼び掛けていた状況でしょう。
その後私たちが仙台駅に到着したのはこの列車の20~30分後なのでどうなったか知る由もありませんが、願わくば無事であってほしいと願ったことでした。
今であれば、列車無線や携帯電話がありこの様な苦労をすることはないでしょうけど、当時は子供ながらに鉄道員の頼もしさを目の当たりにしたのでした。

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その時の写真ではありませんが、愛宕-松島を走行する上り「みちのく」です。1981/8 (再掲)

回送されるDE11

突然来たので前側は失敗、かろうじて後側を撮りました。

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相模貨物駅の入れ換え機の交換です。

定番ポイントで小田急7000形

本日はこちらの方に用事があったので帰りに寄ってきました。あの報道があったので、ほかにも来られているかと思いきや誰もおりませんでした。まあ、空いている今のうちに撮っておきますかね。

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ススキがキレイだったので、近くの鈴廣でお買い物しながら待機して、折り返し列車も撮影。しかしながら、通過時だけ日差しが弱くなりススキの輝きがいまいち。

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ちょうど30000形も通ったので、ススキと絡めて撮影。

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以上、箱根登山鉄道 箱根板橋-風祭

【訂正】185系C3編成

※編成番号を間違えてました(orz)ため、訂正しました。

ひさしぶりに見掛けました。このまま、検査を通さずに廃車でしょうか。

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小田急LSE置き換えへ

すでに多くの方が紹介されておりますが、昨日小田急電鉄よりLSE7000形の後継車70000形が2018年にデビューすることと、EXE30000形がリニューアルすることが発表されました。
そうなると、自動的にLSEは引退が運命づけられたわけで、「とうとう来たか!」というのが正直な感想です。
後継の70000形はバーミリオンの塗色と展望席は引き継ぐようなので、シルエット的には今のLSEに似たようなイメージになるのでしょうか。その一方で、連接車体はやめてボギー車になるとのことなので、車体長12.5mと25mレールがコラボした独特な走行(ジョイント)音は引き継がれないことになります。
※VSE50000形は車体長が異なるため、少し違ったジョイント音になります。LSEの場合は2車体で25mになるので、 とある車輪がジョイントを踏むと2つ先の台車の車輪もジョイントを踏むことになり独特のジョイント音となります。
ロングレール化が進んだ小田急線ですが探せば定尺レール区間も残っているので動画撮り鉄しなくては。

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こちらは赤、白塗色時代のLSE 2009/9 栢山-富水

一方30000形EXEはリニューアルと同時に車体色が変更になるそうで、このブロンズカラーも近い将来見納めになりそうです。

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2009/9 富水-栢山

こちらに引っ越してきた当初は小田急線をひたすら撮っておりましたが、再び目を離せない日々が再来しそうです。

【回顧録】20系急行「銀河」で過ごした夜

これから暫くは消えつつある夜行列車のことを乗車体験を交えて綴ってみようと思います。
初回は急行「銀河」を取り上げます。

銀河は数え間違いでなければ、4回+臨時1回と結構多く乗っていましたが、一番印象深いのは1979年の20系客車の時でした。当時高校一年生だった私にとっては初めて一人で乗る夜行列車、しかも20系客車ということで盛り上らない訳がありません。(本当は大垣夜行を考えてましたが旅慣れない我が子を案じた親から反対されたのでした)
当時は時の運輸大臣が「夜行列車廃止」を提案して間もない頃、当然賛成なんかできる意見とは思えないので夜行列車とはどんなものかも見てやろうと志だけは高く持って当日を迎えます。

いよいよ乗車日を迎え、入線時刻の少し前に東京駅に到着し、この日の銀河の編成を出迎えます。但し、当時のカメラ・フィルムの性能やブルトレブームの影響で機関車付近が立入禁止だった関係で、写真はあまり撮っていませんでした。


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テールマークは「急行」表示

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発車案内盤

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この乗車口は憧れでした。

そうこうしているうちに出発時刻、後続の大垣行きを待つ人たちを横目に22:45に出発。旅立ちの雰囲気を味わっていると品川到着。後続の「銀河53号」と思われる12系が停まっていました。

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大垣行きを待つ人々

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品川駅の12系

車掌さんに切符のチェックを受けた後は後方に大移動開始。目的はナハネフ22の後部展望室です。

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ここも憧れの場所でした。

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大船を発車

ただ走り去る線路を眺めるだけの施設ですが、開けられる窓や優雅にカーブした後部のガラスなど当時の高校生には夢のような空間でしたので、30分ほど滞在して夜の景色を眺めていました。非日常的なスケジュールの中での出来事にワクワクして当然のことながら眠るどころではありません。次々とすれ違う上り貨物列車などを見たりしながら、結局静岡か浜松辺りでようやく就寝しました。

翌朝は名古屋で早々に起きて、まずは運転停車中に追い越す貨物列車を確認、その後はすれ違う列車を眺めていました。何せ在来線で熱海以西に行くのは初めてなので全てが珍しいのでした。特に新垂井の勾配緩和線は見逃したくなかったのでまじまじと見ておりました。

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新垂井駅を通過
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早朝の通路の様子
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EF60か65か

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瀬田川から初めて琵琶湖を見た。

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そして京都に到着
そうこうしているうちに、下車予定の京都が近づいてきたので余韻に浸りながら下車。結局のところ、夜行列車全廃の答えは得られず(笑)。高校のレポート(夏休みの課題で自由テーマだった)には、利用率が高く移動に重宝している夜行列車は廃止すべきではないと書いて提出しておきました。

京都で降りた後は奈良線で東福寺に出て京阪に乗り換え、京阪三条駅を目指しました。目的は京津線路面区間の乗車。この1年前に修学旅行の宿舎がまさにこの京津線の目の前。但し、修学旅行ではこれに乗るための自由時間はなかったのでリベンジしに来たのでした。
でも当時は乗り潰しに目覚めていなかったので、終点までは行かずに乗り換えに便利な京阪石山で下車してしまったのでした。

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京阪石山にて

これにて20系時代の「銀河」乗車記はおしまい。次に乗ったのは高2の春休みの上り「銀河52号」、あとは社会人になってからですでに24系25型に置き換わった後のことでした。

以上、1979年7月 東海道本線 東京-京都,京阪電鉄 京阪石山

以上、キャノネットGL-Ⅲ QL17で撮影
※一部過去に紹介した写真が重複しています。

月を写さずに月夜を表現する

この付近の東海道線はほぼ南北に走っていることを今更認識しました。この日は満月の1日前。

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東海道本線 早川-根府川

これでも17:45頃の景色です。日が短くなりました。


特急列車ヘッドマークキャンディ 中身ははくたかでした

駅内コンビニで見かけたのでつい購入。わくわくしながら開けたらショッカーのエンブレムでした(違っ)。

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コンプリートすると飴だらけになりそうなので幾つか運試し的に買う感じでしょうか。

489系ホームライナーにはまった日々-6(Last) & 北斗星推回

なぜか2007年初夏にはまってしまった489系ボンネット車の「ホームライナー鴻巣号」の撮影はこの日で途絶えてしまいます。おそらく、これ以降は都内に用事で出てくることが少なくなったからだったと思います。
この日は鶯谷で入線、本運転(但し、被りで失敗)を狙ってました。

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そのあとも暫く滞在して、こちらを撮影。今となっては懐かしい風景となってしまいました。

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この時期はカニが最後尾でしたか。
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前方確認に余念がありません。

以上、2007年7月6日 鶯谷にて

小田急線酒匂川橋梁

夕日を受けて輝く様をアップで。

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日暮れ間近の様子。

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夕陽に輝く酒匂川橋梁

昨年の今頃、こちらの鉄橋が夕日に輝いていたことを思い出してこちらに出没。今日ばかりは、特急車両よりもステンレス車体の一般車が主役でした。

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小田急線 開成-新松田

月夜の新幹線

きれいな月でした。

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東海道新幹線 小田原ー熱海

OLDデジカメ

12年前の機種とはいえ結構きちんと動作しているので安心しました。

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2016/10 小田原 KONICA-MINOLTA Dimage Z5

489系ホームライナーにはまった日々-5

前回よりさらに7日後、今度は日暮里駅常磐線ホームで鴻巣に向かって走行している様子を撮影しました。

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f4.5 1/200sec ISO320

もっと引き付けて撮った写真もありますがどこかで紹介したような気もするので、鶯谷まで見通せるこちらの画像を掲載します。35mm換算で420mm相当のレンズではさすがに鶯谷は遠かったようです。

2007/6/21 日暮里

古豪?出動

久しぶりにコニカミノルタのDimage Z5を引っ張り出してきました。

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コニカミノルタがカメラ事業を撤退してしまったため、このカメラは動態保存として手放さないで手元に置いてます。
今日もしっかりと動いてくれて一安心です。

489系ホームライナーにはまった日々-4

川口で撮った10日後、天候が雨だったため上野駅の入線を撮ってました。

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f4.5 1/60sec ISO320

もっと引き付け撮った写真は右下のボックスを見落としていてNGでした。

2007/6/14 上野