高知通運のコンテナ

沿線や駅で見掛けるたびに気になっていたのですが、ようやく撮ることができました。
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2015/5 東海道本線 国府津-鴨宮
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小田急ロマンスカー水鏡だけの反射

夕方の凪時を狙って行ったものの結構な風が吹いておりましたが、ここの場所は案外さざ波が立たず待機。なぜか、水鏡の中の車両だけが太陽光を反射しておりました。
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2015/5/30 小田急線 栢山-開成(上り列車)

こんな風に見えたのは確かこの列車と次の列車の2本だけ。太陽の角度で作り出されたわずかな時間の光のいたずらでしょうか。

Y156記念列車/583系

昼間の東海道線を583系が走ると聞きちょっと撮ってきました。おそらく、主だった撮影地や駅端は混んでいるだろうと思い、あまり人が来なさそうなこの場所に・・・。
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東海道本線(東海道貨物線) 二宮-大磯

5/末とはいえ今年の草の成長は早いような気がします。ここってお立ち台通信に紹介されていたような気がしますが、逆光サイドだからほとんど人が居ないだろうな~と思ったら草ぼうぼうのせいでしたか。

Y156記念列車の583系

二宮ー大磯を通過しました。
草ボウボウで撃沈orz

黒磯駅信号・電力設備改良のため

こんな中吊り広告が出ています。

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RJ誌に黒磯駅の電源地上切替をやめるとあったので、その関連でしょうかね。これが実行化されると貨物列車の電気機関車の運用形態が激変するらしいので、国鉄型の大半に引導が渡されてしまうのでしょうか?

Y156記念列車ポスター

今年は583系で2日運転とは、気前の良いことで。

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一部拡大してみました。

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経路に品鶴線とあり驚きました。乗ってみたい運転ルートですね。

ウナギイヌSHOPは6月2日まで

東京駅八重洲地下にて

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尾久駅 12年前と今

2003年9月
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2015年5月
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小田急ロマンスカーのご案内

小田急の切符売場にあるこの案内盤、車両の運用もわかる優れものです。

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夕日に輝く

少しアンダー目に画像補正してます。
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御殿場線 上大井-下曽我 2015/5



田植え待ちの水田に映る空模様

少し引いて空を入れたら不思議な感じのシンメトリーな構図になりました。相変わらず車両は目立ちませんね。

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場所を変えて、夕景を撮りました。

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1枚目、小田急線 開成ー栢山

小田急沿線 水田の逆さ富士

水田に水が張られるこの時期、辺りの地面が一斉に空を映す鏡のようになります。富士山は分かり辛いのですが、中央付近のこんもりとしたまるい山の後ろ側にうっすらと見えています。

少し風がありきれいな水鏡とはいきませんでした。
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夕暮れ時なので車体が白い方が目立って良いかも知れません。
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2015/5 小田急線 開成-栢山



宵の空を見上げて

いい感じの青色でした。

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戸塚駅 2015.5.

小涌谷付近を往くアレグラ号

ここは国道1号線と箱根登山鉄道の交差する踏切。箱根駅伝にも登場する踏切です。踏切待ちをしていたら、目の前をアレグラ号が走っていきました。平日の夕方17:30頃とはいえ心なしか空いているように見えます。

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箱根登山鉄道線 小涌谷-宮ノ下

月曜日は子供の運動会代休に付き合ってお休みを頂き、箱根に行ってきました。例の騒動のさなかですが、芦ノ湖周辺の様子は特段に変わった感じはしませんでした。

箱根やすらぎの森から箱根神社の方を望む。
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芦ノ湖を遊覧する箱根海賊船(箱根町港)
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芦ノ湖からだと大涌谷はひと山向こうになるので、白っぽい空と相まって噴煙らしきものは見えませんでした。但し、滞在中にヘリが飛んできて山の向こうでホバリングしていました。新緑がきれいでしたが、平日ということもあって観光客は少なめで外国人の方が目立ってました。
とはいえ大涌谷の方に近づくと、大型ボイラーのような音(蒸気が吹き出る音でしょうか)が聞こえたり、どん!という揺れを感じたり(火山性地震でしょうか)で、活発な火山活動をしている様子がうかがえました。
大事にならず収束してくれるとよいのですが・・・。

浜松町付近の貨物線跡

正しくは休止線でしょうか?羽田空港への連絡線を作るとしたらここを使うでしょうし。
昨日は明るい時間帯にこだまに乗ったので車窓から撮ってみました。見づらい点はご容赦ください。
浜松町駅横はアスファルトで舗装されてますがそれが終わると草に埋もれながらいきなり錆びた線路が現れ、田町の先まで平行します。

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この線は17,8年前に納涼ビール列車で通ったことがあります。いまみたいにデジカメでもあればその様子を撮ったかもしれませんが、当時は何も記録に残しませんでした。お座敷列車「江戸」をPFがブッシュプルで牽く楽しい列車でした。

N700系夜の撮影

ISO感度あげたつもりだったのですが足りなかったようです・・・。ま、いいか。

ISO1600,f5,1/250sec FUJIFILM Finepix HS330EXR
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2015/5 東海道新幹線 小田原

485系加越 475系と並んで富山駅に佇む

乗る前に何気なく撮ったスナップ。まさか、隣の475系ともども消えてしまうなどと考えもしなかった1983年の春。

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485系しらさぎ 夕刻の敦賀で

1983年3月

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小田急線沿線 そろそろ田植えのようです

昨日は中学校の運動会を見に行ってましたが、小学校の時と様相が違ってほとんどの親は立ち見。居場所がないので競技の合間に近所の沿線まで出張してこんな景色をみておりました。
ちょっと失敗だったのは、ミラーレス一眼を持って行ったので、晴天下では液晶画面が見づらかったです。

下り線側の田んぼの水面は静かでした。
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太陽は正面に近いのですが、こちらの方が側面に日が当たるので移動。
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フラッグシップ?のVSEが来ました。ああ、風が強い。
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2015/5/18 小田急線 栢山-富水

風が強いおかげで運動会の応援はそこそこに快適でよかったのですがね。なかなか両立とはいきませんね。

東海道線内で見る宮ヤマ車

ダイヤ改正以降ならでではの光景です。貨物列車待ちの合間に撮影。

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東海道線 鴨宮ー国府津

583系雷鳥(1983年)

1983年3月に北陸を旅行した時は北陸ワイド周遊券を使いました。この時は、特急列車の自由席に料金不要で乗れたので特急街道北陸本線を堪能しました。金沢から敦賀まで583系の雷鳥に乗り降りた直後に撮った写真です。

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1983/3 敦賀

この後は、485系しらさぎに乗り消えゆく在来線の食堂車で夕食を摂りました。この問いは食器がプラスチック製だったので食堂車の余命が長くないことを悟りました。

※本日は子供の運動会なので日時指定で投稿します。

磐越東線の車窓から

思わず某番組のタイトル曲を口ずさんでしまいそうですが・・・、1982年11月磐越東線を郡山から平に向けて乗車中でした。目的はこの線の乗り潰しと特急みちのくに平から乗車するためでした。乗り鉄に退屈してきたのか、このような写真を記録しておりました。

まずは、当時は信号場だった江田
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確か簡易スイッチバックだったようで引上げ線らしい写真も撮ってましたがよくわからない写真なので省略。
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その隣駅の小川郷。立派な植込みがありました。
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対向列車の先頭部。あれは構内移動に使う業務用自転車か?
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DD51が砕石を積んだ貨車を従えて待機中。
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砕石を運んできたのはあのリフト?のようです。
これは珍しかったので鉄道以外はあまり撮らなった私でも撮影してました。
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お次は隣駅赤井。オーディオメーカーを意識して撮ったのかも。
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列車は終着の平駅を目指します。RJ誌の列車追跡シリーズを意識してのアングル(たぶん)。
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そして平駅に到着。今はいわき駅ですね。
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次に乗るのは17:25発特急みちのくです。
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どうでもよい話ですが、先輩社員から技術文書作成の心得として、表の説明は上側に、図や写真の説明は下側に書けと教わりました。しかしながら、ブログなどのWEB画面は上からスクロールして読んでいくので上側に書く方が親切だよな、と今更ながら思い当たり今後は気を付けて書くようにしたいと思いました。

以上 1982年11月 磐越東線車内及び平駅にて撮影










前パン6000系の京王特急(1983年)

このころは専ら6000系ばかりでした。

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京王線 平山城址公園-南平 1983年春

これまで紹介した3枚はおおむね近い場所で撮っていて、奥の鉄塔は6000系5連の写真の左側の鉄塔ですし、5000系の写真はこの写真とは反対側を写したものです。今では個々の場所もだいぶ様変わりしました。

京王5000系変則6連(1983年)

手前側から2両目は中間車、3両目は先頭車で、中間に運転台付きの車両が封じ込めになっている編成です。確か踏切事故が原因でした。今は障害検知装置が設置されてこのような事故は減ったと思いますが、記憶に新しいところでは山陽電鉄や山陽本線で大きな事故がありましたので、もっともっとシステムが充実していけばなあと思います。

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京王線 平山城址公園-南平 1983年春

列車の後部のカーブの奥に平山城址公園駅があります。ふみきりマンさまが仰っていたカエルケロケロの合唱が聞こえてきたのはこの目の前の一帯で水田が広がっていました。

相模貨物駅にて

今日はEF66 52が来ていますが・・・、垣間見るだけ。

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京王6000系5連の普通列車(1983年)

まだまだ2000系や5000系の6連が闊歩していたころです。普通列車は18m車6連がデフォルトといった時期でしょうか。中間車のクーラーの形状からすると6000系の第1~第6編成のどれかですね。

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京王線 平山城址公園-南平 1983/3?

サシ489-102(1983年撮影)

この車両489系を名乗っていますが、元は181系でした。という知識は当時もあったので、この車両を見掛た時には迷わずにシャッターを押しました。

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1983/3 金沢?

1998年12月新潟交通探訪-4

白根の駅では増結用の車両が停泊していました。

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暫くするとこの時点での終点である月潟行きがやってきました。この電車で終点に向かいます。

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終点月潟では運転台とかを撮影しておりました。

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客室よりガラス越しに撮影
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この後は、月潟駅で数枚のスナップの後は、一気に新潟駅らしい場所でE1系MAXと200系の並んだ写真になっておりました。月潟からはどの様に新潟に移動したのでしょう?記憶が残っていないので、以下は推定です。
この月潟駅からはかつての終点である燕駅まで代行バスが走っていました。しかしながら、本数はかなり少なかったように思いまし。仮に燕に出ていたら、新幹線は燕三条でしょうし、弥彦線の115系も撮っていて良さそうな気がします。よって、素直に来た道を戻り、東関屋駅から新潟に出たんだと思います。
上越新幹線の写真の次には浦佐駅と思われる場所で115系を撮っているので、新幹線を浦佐で降りて、上越国境を在来線で越えたのだと思います。夕闇の中で湯桧曽のループ線を一生懸命目を凝らしてみた記憶があります。そのあとは鉄友と呑み鉄しながら上野をに向かったことが容易に想像できます。
こうして1998年の年末休暇の1日目は新潟交通で明け暮れていくのでした。
(終わり)

1998年12月新潟交通探訪-3

電車に乗って途中の白根駅で下車をしました。次に写っていたコマがこの写真で、同じナンバーの車両モハ24が白根駅と思われるホームに佇んでいます。

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当時のダイヤについては覚えていないのですが、白根駅に寄った理由は、乗った電車が白根行きだったからかもしれません。この後は、モハ24が東関屋に戻っていくところを撮っておりました。このあたりは、川の堤防に沿っていたので堤防の上から撮っていたようです。

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小田急ロマンスカーLSE の切り離し風景

EXEは10両編成ですが、箱根登山線内は6両編成にする必要があるので、小田原で後部4両編成の切り離しを行います。

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向かって左側が箱根湯本行き、右側が小田原止まりです。箱根湯本行きの発車すると右側の編成は取り残されて切り離しが完了します。