【心象風景】車両や列車が格好良く見えた瞬間の話1(485系、いなほ)

画像は無いけど、子供の頃の記憶は薄れていくばかりなので忘れないうちに記憶を書き留めるべくシリーズ化してみます。

485系についてはこの他にも多くの光景がありますが、まずはこのシーンから。

時は1976年12月下旬、家族旅行で来ていた越後中里横のスキー場での出来事。夕方、線路の向こう側にある旅館に戻るため、越後中里駅の長岡側にある踏切に差し掛かるとちょうど警報機が鳴り出した。矢印は上り列車を示しているが長岡方向の線路は林に挟まれた右カーブで、近づいてくる列車は見えない。
ただし、足早なジョイント音が聞こえてきてどうやら優等列車が来ているらしい。
時間的には、日暮れ近くで辺りが少しずつ青味がかって来るブルーモーメントの始まるような様子だった。やがて、奥の線路がライトに照らされ、タイフォンとともに三灯のヘッドライトが現れた。現れた列車はクハ481の200番台が300番台で「いなほ」の文字マークが目に入る。次の瞬間、轟音と風圧を感じ轟然と目の前を特急列車が通過していった。
目の前を横切るモーターの唸り、パンタグラフの摺動音とかメカニカルなさまざまな音が通過していったと思うと、赤いテールランプが走り去っていった。あとには、巻き上げた少しばかりの雪煙の余韻が舞う。

青味がかった雪景色、林の間から顔を出す三灯ライトとお膳立てが揃い過ぎの感もあるが、見慣れた485系が凄く格好良く見えた瞬間だった。
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発色悪い485系あいづ写真

プリンターの調子が良くないので印刷テストやはり微妙な感じです。

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2003年6月

快速格下げになる少し前のあいづ号です。

1987年3月 国鉄解体直前の新津でボンネット北越

国鉄が消えるまで10日ほどとなると、いても立っても居られなくなり年休を利用して新潟方面に繰り出しました。
その時の印象では、国鉄を示す文字やJNRマークが即時消されると勘違いしており、残された時間で国鉄の記録をしようと考えた次第。
新津の鉄道資料館に行くつもりで線路端を歩いていた時に北越が通りかかったようです。

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JNRマークを捉えるはずがワイヤもろ被り
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半端な写真ですがこの後にJNRマーク付の北越を撮る機会は無かったのでまああるだけマシというところでしょう。
この後は、てっきり五泉-村松に残る蒲原鉄道に行ったと思い込んでましたが記憶違いと判明。訪問時は雨降りでしたがこの感じでは別の日ですね。新潟駅構内で雷鳥を写し、一気に水上駅の駅舎が記録されてましたので、新潟から越後湯沢まで新幹線、在来線で水上、高崎と通っておそらく在来線あさま(おぼろげに記憶あり)で帰京だったと思います。

仙山線の「つばさ」

熊ヶ根橋梁の別アングルですが、6月じゃあ草木生い茂るのは当たり前、という残念な写真。

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を宝発見 仙山線の「つばさ」

父親の荷物を片付け中に出てきました。
仙山線熊ヶ根橋梁で撮った「つばさ」です。
ネガは不明ですが、取り敢えずプリントだけでもラッキーか。

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ダイヤ改正間近、一時的に仙山線を運転していたつばさ号を撮りおよび乗りに行った時の一連の写真群でした。