C62ニセコ、最終日の小樽駅

奇跡的に取れたニセコ行の指定席を携えて列車の先頭に行けば当然の人だかり。ノーファインダーで何とか撮った1枚。

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転車台のC623

C62ニセコ号最後の夏。ニセコで方向転換中の光景で未掲載の画像から。とは言っても中途半端な画像ゆえに公開していなかっただけのことですが。

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転車台を降りた後は給水
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ぶれてて酷い写りのEF58+14系「北陸」

1980年9月早朝の大宮駅で。

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なーんでこんなことになったかというと、画面右端に誰かの腕、そして近づいてくる前照灯も少しだけ写ってます。たぶん、この「北陸」号を撮ろうとしたら手前側にも上り列車が入線してきて慌てて撮影をしたみたいです。フィルムカメラゆえに現像するまで結果が分からず後で落胆するはめに・・・。

寝台特急「紀伊」のイレギュラー編成オハネ14とスハフ14の連結面

1982年3月の名古屋駅でDD51が「紀伊」編成に衝突した事故が起きて機関車、客車とも大破した事故が起き、偶然にもちょうどこの時期に和歌山県、三重県辺りを旅行していた(要は南近畿をワイド周遊券買ってそのエリアを旅行した)。その数日後、旅行の日程も終盤に迫り、帰京の行程を考えていた時にとある駅の掲示が目に入った。
「紀伊」号に座席指定車連結のお知らせ」
どうやら、スハネフ14が車両不足に陥ったようでスハフ14で代用することらしい。名古屋から、逆大垣夜行での帰京を考えていた私はそれに飛びつき、深夜の亀山駅で列車を待った。

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こうやって見ると車高の違いが一目瞭然
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当然ながら何事もなく無事に連結

このあと、名古屋では「出雲」編成連結のため、一旦東京側に引上げて、ゆっくりと後退しながら出雲編成の前に連結する作業があったが、旅行の最終日で夜行連泊の疲労が出て動けず、うつらうつら夢見心地でした。あの寝心地の悪い14系座席車で翌朝まで爆睡していたので相当疲れていたみたいです。

1982年3月 亀山

昔の写真から「SLやまぐち」と特急「おき」

1986年の春にやまぐち号に乗る機会がありそのときのひとこまです。

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