【終焉間近のDC181系】かにカニはまかぜに乗りに行く-3

いよいよ大阪を出発し案内放送が始まるも淀川を渡る間は休止、これは定期のはまかぜの時もお約束。はまかぜは兵庫県内特急のイメージがあり三宮から人が乗ってくるイメージだがかにカニ号はパックツアーの参加者が多いのか大阪時点で結構乗っていたような。
期待の120km/h走行については、話し声が賑やかで加古川付近ではデッキに出て結構飛ばしていた様子を記録できた。しかしながら、録音に気を取られ過ぎて印象はさっぱりとなってしまった。
列車は早くも高架駅の姫路に到着。ここで進行方向が変わるので数分の小休止。記憶にある姫路駅は地上駅で高架になってからまじまじと見るのは初めてなので違和感だらけ。
そして列車は向きを変えて播但線に歩を進める。播但線の記憶に至っては1979年以来で当時はDD51の牽く旧客だった。
播但線は単線なので、上りのキハ189はまかぜや深紅の103系などとすれ違いながら進む。途中の駅では「かにカニ」キャンペーンの幟も。
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交換待ちで停車時間を利用してホームから撮影、前方に行くのは無理だったようだ。
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その播但線の終点和田山が近づき、まだ乗り続けたい気持ちがあるものの仕方なく下車。走り去る「かにカニはまかぜ」をお見送り。
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福知山に行く列車には間があるので和田山駅を見学。まずはキハ40と41。
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2連化改造された113系はなんと前パン搭載。
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もう使用はしていないが、煉瓦造りの庫。これは43年前は慌ただしく乗り換えたため全く記憶なし。
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そして上り下りの電車特急が相次いで交換する時刻となり、まずは乗車予定の福知山方面の「きのさき」号が登場。
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下りの豊岡方面「北近畿」号、こちらは特急色を維持。
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福知山に向かうべく「きのさき」号に乗り、今回の記事は終了です。

ところで、この界わいは元485系改造の183系が多数走っていた特急街道なのに、これ以降全然行けておらず惜しいことをしました。
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【終焉間近のDC181系】かにカニはまかぜに乗りに行く-2

いよいよお目当ての181系が入線。

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国鉄色なんて贅沢言ってはいけません。
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ヘッドマークは専用デザイン、実は列車名平仮名とカタカナの組み合わせ
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おそらく最後のキハ181乗車になるであろう、キハ180 77
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あっという間に発車時間となり、高速走行への期待が高まります。
その3につづく

【終焉間近のDC181系】かにカニはまかぜに乗りに行く-1

時は2010年の師走、181系気動車で運転されていたはまかぜは新鋭キハ189に置き換えられ、臨時特急にかにカニエクスプレスはまかぜだけがキハ181で残っていた。しかし、それも翌年早くに置換えとのアナウンスされ、山陽本線をかっ飛ぶキハ181の姿もまもなく見納めと判明。そうなると居ても立っても居られなくなりどうしたものかと思案していると、京都府の福知山市に出張に行けとの指令が来た。集合時間は関東からくる人たちに合わせて昼過ぎに福知山駅となった。
そうなると、朝早く大阪を出るかにカニに乗って和田山から福知山に向かうとほぼほぼちょうど良い時間なので前泊のビジネスホテルをポチッとして準備完了。前泊費用と回り道する分の交通費は当然自腹だが、何とかお別れ乗車出来る算段となった。
さて、前日は定時過ぎまで仕事をして、名古屋行のこだま自由席に乗り、名古屋からはのぞみに乗り換えた。
多分名古屋、まだ300系がいた
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後続ののぞみはN700系
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今夜は大阪(梅田)で泊まるだけだから時間的制約は低いが、目的があって23:20頃に大阪駅に到着。まずは目的のものを記録する。

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全体を写した写真は公開済みなのでアップの画像を。残っているのが奇跡に近いきたぐにを撮影後は?駅近くの私鉄系ビジホに投宿。
翌朝は発車時刻が7:48なのでとっとと就寝、宿は可もなく不可もなくという感じ。さて、起床後はせっかくの大阪なので少し早めに駅に行ってこんなのを撮ってました。

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まだオレンジの103系が健在でした。そうこうするうちに、列車入線の案内放送が聞こえてきて、まだ見ないうちからドキドキしてきました。
その2に続きます。

紙の切符を全く使わない旅

今回の旅行、まずは往復の新幹線は、片道601km以上の往復割引も適用されると知り、スマートフォンから予約の変更が可能なスマートEXで手配、岡山近郊の移動はSETOWA周遊パスというスマートフォンにアプリを入れて使うフリー切符があり、結果として紙の切符を全く使わない旅行となってしまった。しかし、スマートフォンの画面を改札口で見せて入出場するというのはちょっとなれないこともあって面倒な感じはしたが、かつてのミニ周遊券のフリー区間並みの機動力がある切符は便利だった。
この周遊フリーパスは広島地区や山口地区の設定もあるので、また行く機会があれば使ってみたいが9/30まで発売の限定(四国エリアのみ来年3/31まで)なので、ちょっと難しそう。
但し、定着すれば年度ごとに更新されていくようなので、期待はできそうです。

大雨影響で食事を摂りそこねそうになった話 後編

鷹ノ巣では初めはしゃいで居て豪雨の中を発着する「あけぼの4号」とか撮ってました。夜であっても手持ちで1/15secとかならばそれなりの写真を、写せるとわかったのと、クロスフィルターの乱用(レンズ保護フィルター替わりにつけっぱなし)が相まっての記録。

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下り線は大館行普通列車が貨物列車を退避、凄まじい水飛沫を上げて通過後も発車せず、後続の特急「いはほ3号」が到着。本来であれば、普通列車は大館まで先行のはずが様子がおかしくなって来た。とここで放送が入り、雨量計が規制値を超えて運転見合わせとのこと。いなほがどっかと居座り乗車予定の俺たちの「しらゆき、きたかみ3号」もどこかで抑止の模様だ。仕方ないので、駅舎に行くも駅そば屋とか売店は終わっており、41年前なので駅前にコンビニなどというものはなく、兵糧攻めが決定。目の前のいなほの食堂車からは良い匂いが漂う。同行の友人がホームに居た専務車掌に特急券なしで食堂車行ってよいかと聞き撃沈のため、今更こっそり食べにいくわけにも行かずにも退避の普通列車の中でふて寝することにした。その普通列車の雨樋からは雨水が溢れ凄まじい降雨量なのは一目瞭然。

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結局、再開まで90分近く掛かり後続のDC急行に乗り込むと回復運転のためかやたらに飛ばすが、大釈迦あたりで蚊に刺されて痒い。空腹と痒さがなければ豪快な気動車急行の力走を楽しむ余裕なし。
青森には、90分遅れの23:50到着。ホームのお弁当屋さんでどうにかホタテ釜飯を仕入れてようやく兵糧攻めから解放された。そんなわけで、乗り鉄旅で得た教訓は予備の食料を持ち歩けということであった、
青森からは上りの八甲田に乗るが行程的に北東北にとどまりたかったため深夜の盛岡で下車し、下りの八甲田に乗り継いたがこちらも50分延で八戸線の乗り継ぎはダメそうなのでふたたび青森まで行って、この日は黒石線と五能線に向かったのであった。