【1981年7月】気仙沼線と臨時急行「けせん」に乗った話

この年の夏は翌年の東北新幹線開業に備えて宮城の親戚を拠点にして東北地方を旅行していた。その全体像煩雑すぎることもあって、パート毎に紹介しようと思う。
この日はまず気仙沼線に乗るべく東北本線下り535列車に小牛田まで乗車し12:46着。3分の乗り換えで女川·気仙沼行に乗り換え。前谷地駅で切り離しとなるが、発車までなんと29分待ち。しかしながらどのように過ごしたのか記憶なし。ここから113分掛けて気仙沼線を辿る。この30年後によもやあの様な被害が出るとは思いも依らなかった。
気仙沼15:27着、2分の接続で一ノ関行の大船渡線列車があるが目的が違うのでこの列車は見送る。時刻は曖昧だかおそらく20-30分ぐらい待って、盛岡行の臨時急行「けせん」に乗車。編成はキハ58系2両だった。愛称サボを写せば目的はほぼ果たしたも当然だが、どちらにしても移動するため一ノ関方面を目指す。途中、陸中門崎では旧型客車の普通列車と交換。停車時間があったので駅の外に出てみると駅名が右書きで書かれていた。
このあとの行程は翌朝5:13までに八戸に行けば良いので、周遊券を活用して夜行列車に乗れば良い。睡眠時間を考慮すれば、なるべく南下して下り「八甲田」に乗ればよいが、一ノ関で上り「あぶくま」は間に合わないため、「くりこま6号」に乗り仙台から2128M(福島から急行「あづま4号」になる列車)に乗っても白石で降りないと下り「八甲田」には間に合わない。そのため、「けせん」に乗り続け北上駅で下車。腹ごしらえのため改札口横にあったカフェでカレーライスの夕食を済ます。北上からは後続の「いわて3号」で盛岡20:07到着。3分の接続で八戸行1525列車に乗り継いだ。八戸まで旧型客車を2時間ほど堪能して22:16に八戸到着。
とはいえ、宿泊する金銭的余裕は無いため、上り夜行と下り夜行を組み合わせての車中泊する必要がある。折よく41分後には「十和田6号」がやって来るので乗ることにした。
(つづく)

在来線特急つばさ、見納めドライブ旅-2

だいぶ間が空いてしまったが、続きを。
越河-白石で撮影後は東北道を更に北上し、仙山線の熊ヶ根駅を目指す。ここでは、仙台行のつばさおよびその折返しと貨物列車を一本撮影。合間に普通列車も来たはずなのだが、場所を移動中に撮り逃したらしい。とはいえ、455系だからまた撮りにいけば良いやとの判断でスルーしたが結果的に撮りそびれた。そんなわけで仙山線は早々にお開きとなり、今度は仙台駅に移動。新幹線ホームの屋上にある駐車場にロードスターを停めると階下の新幹線ホームへ。
ここからは、新幹線で福島に向かうと、ちょうど試運転中の400系に遭遇。あと何日かで珍しい存在ではなくなるものの、シルバーの近未来的な姿に惹かれたようだ。
福島では慌ただしく切符を買い直して在来線ホームへいそぐと、電光掲示板に特急秋田行の表示が。いよいよ、三つ目のイベント、仙台まわりのつばさ号乗車となる。おそらく、485系電車で福島−仙台を通るのは最後となるだろうと思うと、気持ちが引き締まる。
(しかしながら、10年後にリバイバルやまびこ号で再び通るとは、この時は思いもよらなかった)

ところで、ここで友人のロードスターの印象を少し。同時期の1600ccクラスのエンジンでは非力と言われていたものの、車重を考えれば十分で東北道のクルージングでも特に不満はなし。人車一体と言われるハンドリングの良さと相まって運転を楽しむには良い車と思った。難点は、オープンカーとはいえ長距離の高速を走るときはクローズ状態にする必要があり、風切り音が頭のすぐ上から聞こえるので、披露が溜まってきた帰途に苦痛だったことと、マフラーの排気音もさすがに長時間聞いていると辛かったことだろうか。しかしながら、これはほぼまる一日車に乗りっぱなしの強行日程ゆえの弊害で、普通の用途ならば気にならないことだろう。

福島で出合った400系
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在来線特急つばさ、見納めドライブ旅-1

1992年7月から奥羽本線福島−山形に新在直通の新幹線列車が走り出すことがきまり、暫定で仙山線経由で運転されていた在来線特急つばさが廃止となることが決まった。
廃止もさることながら、一時的に復活した福島−仙台間の在来線特急に乗れる最後のチャンスでもあり、これを逃す手は無い。
普段であれば、ここは新幹線&レンタカーとなるが、友人はなんとユーノスロードスターを買ったばかりで、慣らし運転も終わり乗りたい盛りゆえに、ここはクルマ一択。ダイヤ改正に近い6月のとある週末に実行と決まったが、前後の都合から日帰り行程の強行軍。仙台往復+α、900kmのドライブ行となった。
当日は、朝5:00位に八王子を出発、一路快調に中央道、首都高と辿り東北道を走り、まずは東北本線越河-白石のそこそこ有名なポイントに到着した。さすがにここには先客が数名。
まずは、ここで上野を目指す485系つばさ、ED75の貨物列車、719系などを撮影して過ごした。目的の列車撮影後は、都議の場所に移動のために30分程の滞在で撤収。次なる場所へ向けて出発した。

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ブリントをスマホで撮影のため見苦しい点はご容赦を。色が変なのはプリントの変色らしい。

「なは・あかつき」に乗った時の話-4 オプショナルツアー?

業務での用件が思ったよりも早く終わったため、同僚のリクエストで長崎に向かうべく列車に乗車、18:20頃に長崎に到着した。

2月下旬の18:24でこの明るさとはさすがに西九州
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とはいえこの時間では主だった観光地は終わっているので、夜ならではの観光地、稲佐山に向かった。ロープウエイに乗って夜景を見ようとの算段、男二人だけどボッチよりは行きやすいだろうとの目論見。

山上駅は「稲佐岳」、ふもと側はのちほど
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さすが、海を抱く夜景はきれいでした。
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夜景を堪能して麓に降りてきた、こちらは「淵神社」
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乗って来たロープウエイ、ガイドさんが写ってました
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粋は暗くなるまで時間を稼ぐため歩いて行ったけど、帰りは時短のため市内電車
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せっかく長崎に来たので駅近くでちゃんぽんを食し、駅に戻って来た。21時近くの駅は帰宅ラッシュでごった返していた。ここで国鉄色のキハ67を見掛けたが撮影できる状況ではなく涙を飲む。駅構内は「あかつき」廃止に向けた惜別の飾りつけがされていた。

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ここにも顔出しパネルがあった
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大村線経由の佐世保行きはなんと2両編成で、結局諫早近くまで混雑が続き、せっかくのキハ66-67を堪能する感じではなかった。少しばて気味で大村に帰着。早々に宿に帰り就寝した。
翌日は、なんと昼過ぎに業務終了、あとは帰るだけだが二人とも最終便を特割で予約、変更手数料が必要なうえ、便を変えたところで帰社できるわけでもないので諦めるが、さりとて近隣を遊覧するにもとうとう雨が降り出しお手上げ状態。しかも、自分は風邪がぶり返してきたため、空港近くで見つけたネットカフェで休養。飛行機の時間が近づくと外は激しい雨となっていたが、空港までネットカフェの車で送迎してくれるとのことでありがたく乗せていただく。あとは、羽田行きのB747に搭乗、ひたすら低調のまま羽田に帰着したのだった。とはいうものの、廃止間近の「なは・あかつき」の乗車機会が得られたのだから実り多い出張+αといえようか。
(おわり)



「なは・あかつき」に乗った時の話-3

【諫早で】
ここから先は殆ど「なは・あかつき」から外れる内容なのだが、昨日で引退したキハ66-67も登場するので、惜別の意味合いも込めて紹介する。

終着長崎に向けて出発、車掌さんの持つ無線機のアンテナがちらっと見える
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ホームには記念撮影用の顔出しプレートがあった
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出張の目的地は諫早ではないので、乗り継ぎ時間を利用して普段見慣れない車両たちを撮影した。

まずは島原鉄道
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「あかつき」の続行で817系が到着。
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佐世保行のキハ67、次に乗るのはこの列車
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【大村線】
そんなわけで、憧れのキハ67に早々に乗り向かった先は2駅先の大村駅。少し待つと長崎行の列車が来ることが分かったので駅のはずれの踏切で待機し、やって来たのはキハ200だった。

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このキハ200は精悍な感じで結構好きかも。角型ライトも1980年代後半から1990年代に出てきた高性能な乗用車を思わせる印象。水戸岡氏のデザインでこのデカールが嫌いとの声もあるが、当方が車に興味を持った時期は、高性能をイメージするデカールが全盛期、「INTERCOOLER TURBO」とか「TWIN CAM 24VALVE」、「4VALVE DOHC」などとでかでかと車体に貼ってあったのが普通だったので個人的には案外気にならない。この車両ならば、さしずめ「200DC POWERED BY JR KYUSHU」とか書いてくれてもという感じだろうか。

このあとは、バスで長崎空港へ向かい飛行機で現地入りする同僚と合流。別に待ち合わせ場所は空港でなくてもよいのだが、時間が余っているし、場所的にわかりやすいし、飛行機見てれば飽きないしで、こうなった。

同僚の乗った飛行機はB747、今は退役してしまったので良い記録になった
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めでたく同僚と合流して、出張先に移動。相手先の都合もあり当日の作業は早く終わることになり残りは翌日、まだ明るいうちに宿泊先のホテルにチェックインとなった。
時間はたっぷりあり、同僚から長崎の街にいってみたいとのリクエストがあったので、列車に乗るべく大村駅に向かった。長崎までは1時間ほどで、再度キハ66-67かキハ200のお世話になることとなった。この様子は次回記述したい。
(つづく)