今見ても強烈な車両同士の連結

上田交通(当時の社名)に行ってこの実物を見た時は、おもわず絶句しました。片や1928年製、相方は1983年改造(種車は1954~1959年の間に製造)の車両が手を組んで走っていたのですから。断面形状の違いもなかなかの見ものでした。

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別所線 上田原(たぶん) 1986年8月

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島原鉄道に譲渡されたキハ20

たしか、こちらはJRか国鉄から譲渡された車両と思いました。所用で長崎県に行った際、宿泊先の大村から諫早まで行ってちょうど到着したところを撮りました。

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この8分後には、特急「あかつき」を撮影。入線して来るところはヘマをして撮りそびれました。まさか、約8か月後に廃止になるとは思いもせず残念でした。

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JR長崎本線、島原鉄道 諫早駅 2007/7 KONICA-MINOLTA Dimage Z5

島原鉄道キハ20

2007年に長崎県に仕事で行った時のこと。仕事が長引くことも考慮して最終便を予約してたら昼過ぎに終了。とはいえ今から戻っても夕方過ぎるのは明白なので素直に予定のフライトに決定。5時間ほどの空き時間は島原鉄道を訪問することとしました。しかしながら列車のタイミングが合わないため長距離バスで島原を目指しました。この辺りは高速道路は通っていなかったため一般道を観光タイプのバスが走る路線でした。
目的の1つはこの時走っていた元国鉄キハ20、島原に着くと到着まで数分だったので最寄の踏切にダッシュして何とか捉えました。その後は歩いて南島原に移動し、第2の目的の特徴的な入江を背景に列車を撮影してから島原鉄道の列車で諫早に戻り空港に向かいました。廃止予定の区間は時間切れで行けませんでした。

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2007.7. 島原ー島鉄本社前

突然ですが平面ガエル

この世で確か二匹

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1986.8. 上田駅、このあと別所温泉に泊まりました。

1981年3月 福井鉄道

尼崎港の前日は福井鉄道を訪れてました。おそらく、雑誌の記事で廃止が近いことを知り旅行に組み入れたんだと思います。
行程は大垣行から乗り継ぎ米原へ、ここから客車鈍行で武生まで。武生で南越線を探すのに手間取ったら、ちょうど貨物列車がやって来ました。その後は南越線を往復して、武生至近の鉄橋で南越線を撮影し、今度は福武線に乗車して福井迄行きました。
福井からは敦賀に戻り、敦賀発東舞鶴、綾部経由の京都行という列車で綾部乗り換え福知山に降り立ち、ここの待合室で一夜を過ごしました。京都行は照明が白熱灯の客車があったのでその車両に乗りました。あの頃は客車列車が結構走っていたため、客車三昧な1日でした。

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慌てて撮った貨物列車、おば様方が被った

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カマの撮り直し(たぶん)

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終点の粟田部駅

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南越線の車両

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武生の近くの鉄橋で撮影してみました

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北陸本線ではEF70が活躍中 確か福井駅