「能登路」 乗り鉄で散々お世話になっていたのにほとんど画像がないキハ58,28の画像を探してみる(4)

北陸ワイド周遊券の効力を活かし、右側の「ひだ」に富山~金沢で乗車。到着後写真を撮っていたら左側に能登路が到着したの構図。能登路もこの旅行で乗ったのにこの1枚だけというやる気のなさ。
幼少の頃にのったDC特急時代の「ひばり」以来2度目のキハ82乗車がこの「ひだ」でしたが、2歳の時の記憶なんてないので実質的には初のキハ82でした。
と完全にタイトルと主役ががY区転してますが、この画像自体もついでの写真なのでご容赦ください。

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昔のアルバムから 急行むろね

大昔、後輩が作ったアルバムに魅せられて自分でも作ったことがありました。
大昔版フォトブックといったところですが、実態は印画紙に焼いた写真を手書きのキャプション付けて貼り付けただけの代物。
とはいえ、行方不明になったネガの画像もあるので、珍しく自分を褒めてやりたいかも。
※冷房の無い部屋でスキャナー使痛くないのでアルバムをコンデジで写してデータ化しました。お見苦しい点はご容赦ください。 

東北本線を突っ走る「たざわ、陸中、むろね」倂結列車。資料だと10両編成らしいがこの画像だと9両に見えるのは後ろかる2両目に乗ったのか?オール非冷房車のすげー列車が真夏の東北路を豪快に走る。

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切離し後、大船渡線内でタブレット交換風景。
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C62ニセコの映画でタブレットキャッチシーンを地上から撮った映像を見て以来このシーンは憧れの存在。当時は動画を撮る機材が無いのが惜しいところ。

おまけ画像は盛線のキハ26 400グリーン格下げの豪華仕様。これ見ると、盛線乗っているときは雨降りだったことが判明。記憶って曖昧なことが分かり、なんてこったい。

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「きたかみ・陸中」 乗り鉄で散々お世話になっていたのにほとんど画像がないキハ58,28の画像を探してみる(3)

1982年11月、仙台駅で撮ったこの画像は、一緒に撮った表示器が役に立ちました。

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非冷房車の多かった東北DC急行で冷房化率が高かったのは「きたかみ」ですのでこの写っている先頭車は「きたかみ3号」の方だと推定されます。しかし、作業が終わるのを待てなかったのですかねえ?>自分。もうちょいと辛抱すればいいものを・・・。

この2つの列車ですが、釜石~北上で「陸中4号」に乗り、乗り換えた列車が「きたかみ5号」で北上~大曲と乗り継いだ記憶があります。その日の午前中は「むろね1号」に乗っているので1日中キハ三昧の日でした。

伯備線「伯耆」 乗り鉄で散々お世話になっていたのにほとんど画像がないキハ58,28の画像を探してみる(2)

布原信号所付近で。1982年3月。相変わらずの後ろ切れ構図。

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流石にこの区間だと列車本数が少ないので半日ほど居ても36枚撮りを撮り切れないほどなので、撮っておりました。1日2往復しか来ない列車なので撮れてラッキーという感じでしょうか。ヘッドマークがないので何撮っているのか分からないのがやる気をなくす原因だったりします。

乗り鉄で散々お世話になっていたのにほとんど画像がないキハ58,28の画像を探してみる(1)

周遊券で乗り鉄をしている必ずと言っていいほどお世話になっているキハ58,28のDC急行であったが、これが驚くほど撮影していなかったことに気づいた。確かに当時は限りあるフィルムと小遣いを有効に使うためには結構黙殺した列車も多数あって、ヘッドマークの付いていないDC急行などは真っ先にその対象になっていたようだ。そこで、その数少ない記録をほじくり出してみる企画スタート。
第1弾は、1982年11月に郡山5番線到着を撮った「あがの2号」。

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ちょうどこのカメラの向きからすれば右後方の6番線では、急行いなわしろといわきの連結作業中。その時放送が聞こえてきて急いで撮りに行ったらしい。南東北を縦横に走り回っていたDC急行の記録である。