横浜でのりものづくし-1 シーバス、ベイサイドブルー(連接バス)

久々に横浜でシーバス(水上バス)に乗りたくなり昨日行ってきました。帰途は、海老名に出て小田急VSEをルートに組み入れて(むしろこちらが主目的ともいえるかも)プランの出来上がり。午前中は用事があったので、「踊り子12号」で横浜に移動。
横浜に着いてベイクオーターに直行すると、目の前を16:15発が出航して行くところで次は16:25の山下ふ頭直行便とのこと。本当は、途中に寄っていく便の方が乗船時間が長いのだが、次の便は17:15なので直行便に乗船。

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船は左手にみなとみらいのビル群眺めながら進む。インターコンチネンタルの横辺りで先発のシーバスと並び暫く並走していたがあちらの船は赤レンガ倉庫に寄るので並走はそこまで、こちらは大さん橋をまわり山下公園の前に到着。到着直前にはガンダムファクトリーが見えるも今日は予定に入れてなかったので次回にお預け。

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山下公園では連接バスの待合室を見掛けたので予定変更、このバスに乗ってみなとみらい方面に移動することにした。

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世が世なら

今夜は、滋賀県の豪雪の影響でサンライズは運休となりました。

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サンライズは非電化区間や交流電化区間は走れないので至極真っ当な選択ですし、遅れながらも新幹線は動いているので、代替輸送も可能ですので無理に動かす必要はありません。

ところで、これが50年位前のブルートレイン全盛期だったらどうなっていたのでしょう?
DD51を総動員して関西本線経由で何本かは走らせたのでしょうか。
関西本線はともかくとして、御殿場線をブルートレインが走ったり、寝台特急「北陸」を米原経由で走らせたりしたことがあるらしいので何かしらの代替輸送は考えられます。
もっとも当時と今では交通網の状況が違うので単純比較は出来ませんが、私もリアルタイムで「白山」が長岡経由に変更されたのは目の前で見たことがあります。
今は時代がちがうので、無理してまで動かしてほしいとは思いませんし、鉄道か輸送の主力では無くなったことの証左かもしれません。

昭和54年頃、親戚の家から東北本線の夜行列車を眺めて過ごす夜-2

50分ほど経過して、そろそろ次の列車が来るので2階に戻る。次の列車は仙台23:34着の「いわて4号」だ。松島から仙台までは電車急行で20分ほどで23:14ころに455系12両編成が通過、4号車と10号車がグリーン車なのは遠目でも窓配置で分かる。455系、自体は珍しい存在ではないが12両で仙台以北を走るのは「いわて3号と4号」だけなので見逃せない。軽快な音とともに走り去って12分後(23:26)、今度はは臨時の「八甲田60号」が登場する。編成こそ12系の11両か12両で「十和田2号」と似ているがこちらは荷物車がつかないので見た目の編成美は整っている。
さらに11分(23:37)ほどして(仙台到着時間基準で)「ゆうづる2号」登場。こちらは24系25型なので機関車次位に電源車が繋がれ重低音が聞こえてくる。愛称幕の照明が機関車後位に反射しているのが見えるが、寝台列車のため客室窓はブラインドが下ろされて薄暗く、デッキの窓と方向幕だけの羅列が後に続く。
その8分後(23:45)には、14系編成の「ゆうづる4号」が通過。こちらはエンジン付きのスハネフが4両あるので、また違った音の印象。
この間に下りの最終小牛田行(松島発23:35)が通過。たしかキハ40系2連が加速しながら走り去って行った。
上り特急はこれ以降仙台駅通過(運転停車?)なので、一ノ関駅の発車時間差で記載するが、0:04頃に「ゆうづる6号」が通過、こちらは24系25型で2号と同様の編成。さらに7分後の0:11頃に「ゆうづる8号」(24系編成)が通過するが遠くからの見た目では2号6号とさほどは変わらない印象。そして0:20頃に「北星」が14系編成で通過、こちらは
ゆうづる4号とそっくりな外観、とこういった感じで、客車寝台特急が相次いで5本通過して行くとこの後は「十和田4号」(一ノ関時点で北西の40分後)まで暫く旅客列車は無いが、そろそろ下り列車の第1ピークとなる。
まずは、0:50頃に583系特急「ゆうづる1号」が通過。さすがに電車特急はペースが速く特徴的な3つ目ヘッドライトと正方形に近い方向幕が印象的。すかさず、0:57頃にはおなじく583系「ゆうづる3号」が通過、両列車とも非営業とはいえ食堂車を連結しているので甲高いMGの音が聞こえた気がした。
少し間を置いて、松島駅でゆうづる2本を待避した「八甲田」がゆったりと姿を現す。こちらは発車してすぐの為目の前を比較的ゆっくりした速度で通過して行く。同じころ(1:05)20系編成の「十和田4号」が通過して行った。
この後も、上下夜行列車の競演はまだまだ続くがさすがに眠くなってきたのでおひらきとした。ここの家は朝が早いのでいつまでものうのうと寝ているわけにはいかないのである。
以上で、親戚での東北本線夜行ウオッチングはおしまい。今思えば早朝4:30頃に起きれば客車寝台「ゆうづる11号」、「ゆうづる13号」や上り「八甲田」を夏場であれば何とか撮影できたかもしれないが、この時はそういう発想は浮かばず今さらながら後の祭りなのであった。
あと、待っている間に貨物列車も多数通過していた(はず)だが、夜だとほとんど姿は見えないため、全くのノーチェックであった。いまの気合があれば、夜間であっても踏切の照明を使って何かしらの記録は残せたかもしれないが、当時の機材では撮影する発想すらでてこないのであった。

ドラマで小田原ダイナシティ

昨日の「最愛」最終回に見覚えのあるショッピングセンターが出てて目を見張りました。
先日は「アバランチ」にも登場しておりました。

昭和54年頃、親戚の家から東北本線の夜行列車を眺めて過ごす夜-1

子供の頃は、長い休みになると親の実家のある宮城県松島町で過ごすことが多かった。
松島町と言っても観光地のある松島海岸駅の近くではなく松島駅や高城町駅のほうが近い市街地であるが、二階の窓から東北本線の線路が見渡せる立地であった。
線路は高城川という川に沿って伸びており親戚の家からは200mほど離れているのだか、川があるのと上手い具合に家並みの隙間があり、側面から列車が通過してゆく様子と視界の左端に踏切が見えるのである。
こちらの家は商売をしている為寝静まるのが早く、22:00には静まり返ってしまうので滞在中の寝室に引き上げるがなかなか寝付けないので時刻表を眺めて時間を過ごしていると貨物列車の通過していく音が聞こえてくる。
で、上り夜行列車の第一弾は急行「十和田2号」が松島駅を22:20頃に通過していくので頃合いを見て二階の窓から眺めていると、ED75の2灯のライトが見えて後には荷物車と11両の12系客車が続く。客車の整然と並んだ窓と方向幕の灯りが印象的な列車は踏切に差し掛かると赤い機関車と青い客車の姿を照明に一瞬写して視界から消えていった。少し間をおいて松島駅のポイント通過音が聞こえてくると静寂に包まれた。
このあとは、およそ50分空くので一旦部屋を戻る。この間に貨物列車も来るはずだが時刻かわからないのと、この位置からではほとんど見えなくて音だけなのでスルーしたのだった。